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Interview

インタビュー

漁業の魅力を伝える市場から復興を支える

常世田 隆 Takashi Tokoyoda

浜の駅 松川浦 店長

2020.12.25

 
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Profile

1959年6月2日生まれ 千葉県銚子市出身 1981年、21歳で渡米。 1年後に帰国しアメリカン・エキスプレス(日本支社)入社。セールスとマーケティングの仕事に従事。 東日本大震災後、2015年に南相馬市小高区の仮設商店『東町エンガワ商店』のマネージャーに採用されたことをきっかけに東京から福島へ移住、地域住民の生活基盤の構築に貢献してきた。 現在は浜の駅松川浦の店長として、浜の賑わいを取り戻すべく、浜の駅松川浦HP「店長ブログ」や自身のSNSで福島の魅力について、発信を積極的に行っている。

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01

都心で震災を経験

震災時、私は外資系金融企業に勤めておりました。東京都内にある会社のビル15階にいたのですが、15階という高さで感じる大地震の揺れは非常に怖かったですね。 揺れが収まってすぐにニュース番組の津波の映像をみて非常にショックを受けました。

02

被災地の支援活動に尽力

2015年9月に南相馬市小高区の駅前にオープンした仮設商店『東町エンガワ商店』のマネージャーに採用されたことがきっかけです。 2013年から福島に支援活動で通い始めて、友達もたくさんできました。福島のために何か役に立つことをしたいと考えていたこともあり、2015年中頃に長年勤めていた会社を早期退職しました。 何をするかは福島に通いつつゆっくり決めるつもりでしたが、ちょうど東町エンガワ商店の開店に伴いマネージャーを募集していました。役に立てればと思い応募してみたところ採用され、移住することになりました。

03

漁師と消費者をつなぎたい

店長要請を引き受けた理由は2つあります。1つは、お付き合いのある、そうま食べる通信のもう一人の共同編集長と、ホテルみなとやさんの若旦那に頼まれたからです。 この方々が浜通りに賑わいを取り戻そうと一生懸命に活動していることをよく知っているので、断ることはできませんでした。 もう1つは、漁師と消費者をつなぐ交流の場をつくりたいと思ったからです。 『そうま食べる通信』という食べ物付きの情報誌が発刊されていた頃は、漁師の考えや漁へのこだわりを聞きながら、とれた魚を食べる読者向けイベントが開催されていました。 こうした交流イベントは読者の方々に大変喜ばれていました。 浜の駅松川浦を、お客さんが魚や漁業に興味を持ち、理解を深められるような交流の場にしていきたいです。

04

地産地消で相馬に活気を

中通りや会津から来られたお客さんには「安い」と驚かれます。物流コストがかからないので安く、新鮮な魚介類が提供できているからです。 相馬の魚介類の風評被害を払拭するためには、地産地消が重要です。まず地元の人が魚をたくさん食べて美味しくて安全であることをアピールすれば、他所の人も食べたくなってくれると考えています。 安くて新鮮な魚介類を提供できている一方で、お客さんのニーズにすべて応えられているわけではありません。浜の駅という名前なので、あらゆる魚介類が取り揃えてあるお店だと誤解されることがあります。 いつもイクラやカニなど必ず用意できるわけではありませんし、相馬市ではマグロやカツオのような遠洋漁業でとれる魚は水揚げされないので別の地域から仕入れています。 今後はこうした漁業の知識をお客さんに知っていただけるように浜の駅松川浦では取り組んでいきたいです。地元の方からは、この浜の駅がオープンしたことにより道路が混むようになったと言われたことがあります。 悪い意味ではなく、震災前の潮干狩りや海水浴に来る観光客で賑わっていた頃に戻ってきたという良い意味で言われました。 他の飲食店や旅館にも2割~3割ほど、お客さんが増えたという声も聞いています。地元にいい影響が出ているのかなと思っています。

05

店長自ら魅力を発信

新型コロナウイルス流行の影響で、来たくても来られない方はたくさんいらっしゃると思うので、 新型コロナウイルスの流行が落ち着いたらすぐにでも行きたいと思っていただけるように継続して情報発信していきたいです。

06

復興に向けた強い精神が

物理的には、道路ができたくらいで復興はまだしていないと思います。元通りに戻るだけなら復旧であり、震災前より進んではじめて復興したといえるのではないでしょうか。 精神的には、相馬の人に限っていえば、復興できていると思います。相馬の人たちは震災以来ずっと前向きに進んできています。 外からの助けがなくとも自分たちで相馬を発展させていけるくらい強い精神になっていると思います。

07

浜・中・会津が1つになって魅力を発信していきたい

10年後、福島県の浜通り・中通り・会津が1つになってほしいと思っています。震災前は文化も気候も異なるので交流があまりなかったようですが、震災後、浜通りと、中通りと会津の交流が増えてきました。 相馬福島道路ができたことにより、さらに交流しやすくなりましたので、気軽に行き来するような距離感でつながってもらいたいです。 私はこれからの10年、福島の魅力を発信していきたいです。福島県には魅力的な場所がたくさんありますし、面白い企画もたくさん行われています。 たとえば「ふくしまの橋カード」はとても面白い企画だったので、私は県内を走り回って2日で10枚の橋カードを集めてしまいました。 しかし、あまり広告されていなかったので、ほとんどの人が橋カードの存在を知りません。福島県民は、控えめで自慢をしない、言い換えれば情報発信が苦手なところがあります。 これからは福島の情報発信を継続的に行う人が増えてほしいです。私自身、外から福島へ来てもらえるように、福島の良い場所をSNSやYouTubeでどんどん紹介していきます。
※ ふくしまの橋カード :土木事業に対して一層の理解と関心を深めてもらうことを目的とした、 橋梁に関する情報を提供する簡易型パンフレット

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