ほうしゃせん古今東西

自然光から蓄光式に変わった夜光時計


2015年6月29日


19世紀末にキュリー夫妻がラジウムを発見し、20世紀に入ると、このラジウムが発する放射線が蛍光物質に作用すると、暗闇の中でも光ることが注目されました。


こうしてラジウムを使った夜光塗料がドイツでつくられ始めました。欧米では時計の文字盤の数字や針に、この夜光塗料を塗ることによって夜中でも時刻を知ることができる夜光時計が盛んにつくられました。


日本でも昭和初期から外国に行った人が購入して帰国しましたから、祖父や曽祖父の遺品として今でも少数の家庭にラジウム時計が残っています。


しかし、ラジウムを使った夜光時計の場合、ラジウムから出るガンマ線が時計のガラスの蓋を少しですが透過して外に出ます。


そこで、ラジウムの代わりに弱いベータ線を出すプロメチウム147(147Pm)という放射性核種を使って夜光時計をつくることが一般的になりました。この場合は、ガラスの蓋で放射線は止められてしまいますので、外に出てこないという利点があります。このプロメチウムの夜光時計は長い間、腕時計や目覚まし時計に利用されました。今でも持っている人は大勢います。


しかし、プロメチウム夜光時計用の塗料をつくる工場では、放射性核種であるプロメチウム147を多量に扱わなければなりません。この夜光塗料をつくっていた根本特殊化学株式会社の研究所では、放射性核種を使わない夜光塗料の開発を重ねていましたが、1993年、ついに放射性核種を使わない夜光塗料を発明し、「N夜光・ルミノーバ」と名付けました。


1998年には、日本の夜光時計はすべて、このN夜光・ルミノーバでつくられるようになりました。残光時間が長いので、昼間の光や電気の光を蓄光して、夜間を通じて十分に光る能力を備えています。

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