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安全と安心:BSE全頭検査から学び考えたこと

宇野 賀津子 氏 《(公財)ルイ・パストゥール医学研究センター インターフェロン・生体防御研究室長》


『原子力文化2017.7月号』掲載


安全と安心:BSE全頭検査から学び考えたこと



牛海綿状脳症(BSE)は、立体構造の変化した、感染性をもつ異常型プリオン蛋白が脳内に蓄積することで引き起こされる疾患である。感染した牛は、異常行動を起こし正常な動きが出来なくなり死亡する。
1986年にイギリスで発生が最初に確認され、世界中で19万頭以上の感染牛が確認されているが、大部分はイギリスである。BSEがパニックを起こしたのは、ヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病との関連が示唆されたことで、世界で230名ほどの患者が確認されている。患者の大部分はイギリス人か、イギリスに滞在歴のある人で、イギリスにこの病気が広がったのは、この病気の牛の肉骨粉が飼料として使われ、それを食べた牛、そして人に感染したらしい。
異常プリオンは感染牛の脳や脊髄に蓄積するので、第一の対策はその部分を取り除き食用としないことである。また、30か月未満の牛では、異常プリオン量が少なく検出は不可能なので、欧米諸国では30か月以上の牛を検査することで対応した。イギリスでは肉骨粉を1988年に全面禁止にしたので、数年後からその効果が現れ、1992年に最大のBSE症例が報告されたものの、以降急速に減少、まもなくこの疾患は消滅すると予想されている。
日本では2001年から、牛のBSE全頭検査を始めた。通常、牛は一年以内にBSEに感染しても、長い潜伏期を経て60か月ぐらいで発症する。2001年に国内初の感染牛が見つかり、牛肉の消費は大きく落ち込んだ。その対策として、30か月未満は、感染していても検出されないと言われていたが、安心のために全頭検査が提案され実施された。
2005年には、政府は21か月齢以上に変更したが、安心のために必要と自治体レベルで全頭検査は継続、2009年からは発症はゼロであるにかかわらず、この検査はつい最近まで続けられていたのである。安心のために、意味のない検査を長々と続けていたわけである。
一方、福島原発事故以降、汚染した稲わらを食べた牛から基準値を超えた放射能が検出され、以降、牛肉の放射能汚染検査も全頭行なわれていた。2013年以降、基準値を超えるものはないとのことで、2016年6月にやっと全頭検査終了の宣言をだした。もちろんこれまで同様、食品の行政による抜き取り検査は行なわれている。
BSEにしろ、放射能汚染にしろ、時とともにそのリスクは低下しているので、測定限界以下が三年も続けば、統計的にポジティブが出る確率は、かぎりなくゼロである。安心を得るために、科学的根拠の希薄な検査にお金をかける。始めた時に多少意味のあった検査も、時と共に意味がなくなっていく。
実際、2002年パリの国際獣疫事務所の事務局長に「日本のBSE対策は全頭検査で万全」と自慢したら、「30か月未満の検査に科学的根拠はなく、安全対策としては無駄!」と言われたとか。
リスク管理はリスクの大きさに比例したものであるべきであり、消費者に科学的に説明する努力を放棄して、安易に全頭検査で安心というのは、限られた予算の中で、別のリスクを増大させているかもしれないという認識が必要ではないだろうか。

(『原子力文化2017.7月号』掲載)

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