コラム

笑いは万薬の長

本を読め

宇野 賀津子 氏 《(公財)ルイ・パストゥール医学研究センター インターフェロン・生体防御研究室長》


『原子力文化2019.1月号』掲載


本を読め



「本を読め! それも幅広い分野の本を」と言ったのは、私の性科学の師、朝山新一先生である。私は大阪市立大学の理学部生物学科を卒業したが、3回生の終わりに、人間の性を勉強したいと先生の発生学教室に入ることを希望したが、ちょうど入れ違いに定年退職され、研究者としての指導は受けていない。
その後、大学院で先生の出身研究室でもある京都大学の動物学教室の発生学教室に行くことになる。実は、そのことを一番喜んでくださったのは、先生であった。
先生の定年後のお宅は、比叡平という比叡山の中腹にある新しく出来た団地だったので、京大に行ってから先生との交流はさらに深まった。その頃は、ちょうど百万遍が比叡平行きのバスの始発駅で、午後3時の便のあとは5時までバスがなかった。そこで、バスの待ち時間があると、よく先生は発生学教室に現れた。
私はそこで、いろいろな話を聞いた。それこそ生物学一般から、性の話にいたるまで、いろいろである。今から思うとのんびりした時代だったと思う。時々「○月○日、研究会がある」「講演する」などの案内ハガキが舞い込んで来て、ひょこひょこと出かけていくと、主催者に紹介してくださり、学生ということで参加費も免除で参加できた。先生からは、いろいろな方々を直接紹介いただいたが、その中には、学生が気軽に話せるような方ではない、各分野の第一人者がいた。
その後、朝山先生に言われたことで、「何でもよい、ドクターを取れ」と「多方面から勉強しろ、性科学はそれからでいい」は、特に印象に残っている。
もともと割と幅広い分野の本は読んでいたが、3.11以降は、本屋に並んでいる放射線関係の本はほとんど買って読んだ。リストをつくると、3.11以降の1年間に買った放射線および大震災がらみの本は150冊を超えた。
東日本大震災以降出版された地震・津波・原発・放射線関連本は、2012年版『出版指標年報』によると、915点に達するとのことである。その中で、原発・放射線関連は370点とされているから、かなりの部分は読んだということになる。低線量放射線について、「危ない」という本から「それほどでも」という本まで買って読んだ。福島に行くと、毎回書店で10冊ほどずつ買って帰った時期もある。
先生は私が博士過程の院生の時に亡くなったが、「何でもよい、ドクターを取れ」と言われたことの意味を考えると、どの分野でもいいので、ドクターを取って、研究者としての基礎や姿勢を学び、それから研究分野を広げればよいということだろうか。
結局、私は発生学の分野で理学博士を取り、その後、免疫学に専門を移している。その間、エイズ教育や人間の性についても、講義をしたり、執筆したりしてきた。免疫学の師には、余分なことに興味がありすぎると言われたりもしたが(3.11以降の活動については支持してくださった)。
3.11以降、低線量放射線の生体影響について、また原発事故が人々の生活に及ぼした影響について考えるとき、朝山先生の言った、多様な本を読んできた経験、エイズ教育に関わった経験、そして免疫学の知識、そのどれもが役立っている。

(『原子力文化2019.1月号』掲載)

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