福島第一事故情報

放射線による人体への影響

甲状腺がん、白血病と放射線

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科教授 高村 昇 氏 (たかむら・のぼる)

1968年 長崎県生まれ。専門は、国際放射線保健学、放射線影響学、分子疫学など。 長崎大学医学部卒業後、同大学大学院医学研究科修了。医学部講師、医歯薬学総合研究科公衆衛生学分野准教授などを経て、2008年より現職。その間、世界保健機関(WHO)の技術アドバイザーやテクニカルオフィサーなども務めた。3.11以降、福島県放射線健康リスク管理アドバイザー、川内村健康アドバイザーとしても活躍している。

── まず、「甲状腺がん」「白血病」という病気はどのような病気なのか、そして、これらは放射線とどういう関係があるのかお聞きしたく思います。

高村 「甲状腺がん」は、甲状腺ホルモンを出す甲状腺という臓器の組織にできるがんで、甲状腺は、前頸部、首のところにちょうど乗っているような形をしています。 甲状腺がんは、一般的には中年以上の特に女性に多いことが知られています。頻度としては決して珍しいものではありません。例えば、亡くなった方のご遺体を解剖させていただいて、甲状腺にがんがあるかどうか調べた調査があります。結果、他の病気が原因で亡くなった方で、10人に1人は甲状腺がんを持っていた、というデータがあります。世界平均も大体そのくらいです。 つまり、甲状腺がんは頻度としてはわりと高い。しかし、一般的にはがんの発育が非常に遅いので、それに気づかずに亡くなる方もけっこういらっしゃる、ということです。 甲状腺がんのうち8割から9割は「乳頭がん」というタイプのがんですが、これは発育が非常に遅く、すべてのがんの中で最も遅いものの1つとして知られています。逆に、それだけ性質(たち)がいいほうのがんと言えます。   photo_takamura2

提供:高村 昇 氏

  それに対して、「白血病」は血液の悪性腫瘍です。骨髄という骨の中にある骨髄細胞から白血球や赤血球そして血小板という血球細胞ができます。白血病は、この骨髄の細胞の腫瘍です。 頻度は、甲状腺がんに比べれば、ずっと少ないのですが、予後があまり良くないものから比較的良いものまで、いろいろな種類があります。 photo_takamura1

提供:高村 昇 氏

  こういった疾患と放射線との関連で、最も参考になるのは広島・長崎の原爆被ばく者のデータです。原爆被ばく者に、がんや悪性腫瘍が増えたとよく言われますが、その中で最も有名なのが白血病です。白血病の場合は、被ばくしてから2年後くらいから増加し始め、5年後くらいにピークがきたことがわかっています。 白血病以外にも、例えば、乳がんや大腸がんなどの他の病気も増えているのですが、その中の1つが甲状腺がんでした。甲状腺がんは、白血病に比べると原爆被ばく者の中では発現が少し遅く、10年から数十年の単位で増加し、現在もその増加傾向が見られることがわかっています。  

放射線は細胞分裂を活発にしている臓器や細胞分裂に対して影響が大きい

 

── 福島県では、子供の甲状腺がんが心配されています。

高村 一般的にいえば、放射線の影響は被ばく時の年齢が若い人のほうがリスクは高い。これを放射線感受性と言いますが、原爆被ばく者でも、チェルノブイリ周辺の住民の方でも、同じようなことが言えます。白血病の原理もそうですが、放射線は基本的には細胞分裂を活発にしている臓器や細胞分裂を活発にしている人に対して影響が大きいことがわかっています。 骨髄細胞は血球の細胞をつくっていますから、どんどん細胞分裂しているところです。このようなところは放射線の影響を受けやすいのです。大人と子供を比べた場合、当然子供のほうが細胞分裂を活発にしていますから、放射線の影響を受けやすいことになります。  

── 先生はチェルノブイリにも何度も行らっしゃっていますが、福島の事故の場合との健康影響の違いはあるのでしょうか。

高村 チェルノブイリの事故と福島の事故で共通していることは、原子力災害によって放射性物質が環境中に放出されたことです。 チェルノブイリで出た放射性物質の量は福島の7倍から10倍ぐらいと言われています。出た放射性物質の種類は非常に似通っていて、9割くらいが放射性ヨウ素で、残りの1割くらいが放射性セシウムであることでは、共通しています。 チェルノブイリの場合には、放射性物質が環境中に出て、放射性ヨウ素という放射性物質が中心になって大地に降り注ぎました。放射性ヨウ素は、水に溶けやすい性質があります。土の中の水分などに入ると、そこから草が吸い込んで、草の中に放射性ヨウ素が移行します。その草を家畜が食べ、家畜の中に移行していきます。さらに肉や牛乳などを人間が摂取すると、非常に高濃度の放射性物質、放射性ヨウ素が体の中に入っていくのです。 photo_takamura3

提供:高村 昇 氏

  甲状腺は甲状腺ホルモンをつくりますが、その原材料はヨウ素です。ヨウ素によってつくられる性質がありますから、体の中にヨウ素が入ると、それが放射性ヨウ素でも、普通のヨウ素でも、甲状腺に集まりやすい性質があります。放射性ヨウ素が甲状腺に集まると、そこからベータ線あるいはガンマ線という放射線が出て甲状腺が被ばくします。このことを甲状腺の「内部被ばく」といいます。 チェルノブイリでは、甲状腺の内部被ばくによって、甲状腺がんが起こったことが知られています。 チェルノブイリでの内部被ばくの拡大は、食物連鎖の中で汚染された食物、特に放射性ヨウ素は牛乳に濃縮されやすい性質がありますが、その牛乳の摂取を規制しなかったことが、非常に大きな原因と言えると思います。甲状腺の内部被ばくを低減化できなかったことが、後々の甲状腺がんの増加につながったと考えられています。 そういった経緯を踏まえて、今回の福島における災害が起こったときには、事故直後から食品などの「暫定基準値」を設け、現在の基準値に至るまで放射性ヨウ素と放射性セシウムについての規制値を設けて、それを上回るものについては摂取制限あるいは流通制限をかけたのです。 チェルノブイリの経験を踏まえて、特に汚染された食物が口の中に入ることを防ぐことによって内部被ばくを低減化する、という措置をとったのです。ここが、チェルノブイリと福島における最も大きな違いではないか、と思います。 photo_takamura4

提供:高村 昇 氏

  もう1つは、原発内で作業されている方の問題です。 チェルノブイリでは事故当時、発電所の中やその後の復旧作業をされた方が大勢いらっしゃいましたが、その中の134名の方に急性放射線障害が起こりました。これは広島・長崎の原爆のように、大量の放射線を外部被ばくによって受けた人に起こる症状です。134名のうち28名の方が亡くなったことがわかっていますが、これは非常に高い線量を受けられた方です。 その一方で、福島の原子力発電所の中で働いていらっしゃる方で、事故による急性放射線障害で亡くなられた方は今のところいらっしゃいません。現時点では作業されている方については、そういう違いがあります。  

チェルノブイリで甲状腺がんが増えたのは、事故から4、5年たってから

 

── チェルノブイリ事故を教訓にして対応したことが、功を奏しているということでしょうか。

高村 チェルノブイリの場合では、事故から4、5年くらいたってから甲状腺がんが増えたことがわかっています。原爆被ばく者の方では、甲状腺がんが増え出したのは10年後から数十年後です。つまり、潜伏期があり、数年経たないと事故の放射線の影響によるがんであると推定されるものは起こってこないのです。このことを晩発性の影響あるいは後障害といいます。 ですから今現在、事故から半年とか、1年2年、そういった段階で放射線の被ばくによるがんが見られるかというと、それは少し考えにくいと思います。 がんはある程度の頻度でどの集団でも起こることがあります。ましてや、小児や学童を対象に甲状腺の検診は過去に世界でもやっていません。それまで全くやっていなかった検診をやることによって、見つからなかったがんが見つかることはあり得ることです。それが放射線の影響によるかどうかは、放射線の影響、後障害、晩発影響ということを考えながら見極める必要があると思います。 事故の後、3月24日から30日の初期に、比較的空間線量が高かった川俣町、飯舘村、いわき市において1000人を対象に甲状腺の被ばく線量を内閣府が調査しその結果を評価しています。 photo_takamura5

提供:高村 昇 氏

  これを見ると、1000人の調査で、1人だけ50ミリシーベルト相当という方がいらっしゃいましたが、それ以上の方はいらっしゃらなかったのです。95%以上の方が0から0.02の範囲に収まっています。 チェルノブイリの場合は平均すると、これよりもはるかに高い線量に被ばくしたことがわかっていますから、このことからも低減化の措置はある程度効果があった、と言えると思います。  

── チェルノブイリでの甲状腺がんの原因が事故による放射線影響だというのは、具体的に何ミリシーベルトぐらいと数字は出ているのでしょうか。

高村 原爆被ばく者に比べて、内部被ばくの被ばく線量の推定は非常に難しいのです。食事での摂取は食事の正確なデータがないとわからないなど、いろいろ難しいのですが、100ミリシーベルトを下回ると被ばくによる甲状腺がんの増加というのは認められなくなる、ということは言えます。  

チェルノブイリでは、住民に白血病の増加は科学的に証明されていない

 

── チェルノブイリでは住民の白血病は増加したのでしょうか。

高村 例えば、2011年にチェルノブイリ事故から25年の結果を国連がまとめていますが、現在までのところ住民の方に白血病の増加は科学的に証明されていません。広島・長崎の調査結果と違うのは、原爆では比較的大量の線量の外部被ばくを受けたということです。 骨はわりと体の外側にありますから、外部被ばくの影響を受けやすい組織です。それプラス、骨髄自体が、細胞分裂が非常に活発なことです。 それに加え、チェルノブイリの場合は主に放射性ヨウ素による内部被ばく、しかも甲状腺の内部被ばくが中心であったということで、そのような結果の違いが出てきていると考えられます。  

── 今後、福島の事故による低線量被ばくの影響はどのように考えたらよろしいでしょうか。

高村 放射線の被ばくというのは、例えば同じ100ミリシーベルトを浴びる場合でも、いっぺんに100ミリシーベルト浴びるのか、じわじわゆっくり100ミリシーベルト浴びるのか。つまり、急性被ばくと慢性被ばくによって同じ100ミリシーベルトでも違ってきます。 一般的な話でいえば、急性被ばくと慢性被ばくでは、やはり急性被ばくのほうが人体への影響は出やすい、と言えます。被ばくは一種のエネルギーを体に与えることになりますから、1回に100ミリシーベルト浴びるほうが慢性で100ミリシーベルト浴びるよりも影響が出やすいことになります。 自然放射線の高い地域の住民、例えば、インドのケララ地方は、我々も何回か調査しましたが、高い人で1年間当たり20ミリシーベルトくらい被ばくされている方がいらっしゃいます。単純にいえば、5年間で100ミリシーベルト、10年間で200ミリシーベルトと非常に高い線量になります。 しかし、そういった方が自然放射線量が低いところの住民に比べて寿命が短いか、がんが多いかというと、そうでもないことがこれまでの調査でわかっています。 このように、放射線を急性で浴びるときと慢性で浴びるときでは影響が違うことが、疫学データあるいは生物学的データからもわかっています。 ただ、しばしば誤解を受けますが、国際防護の考え方ということで国際放射線防護委員会(ICRP)が出している勧告があります。例えば、1年当たり1ミリシーベルト、20ミリシーベルト、100ミリシーベルトという単位で出していますが、放射線から身を守る、放射線の防護の基準をつくるときには、基本的に慢性被ばくであろうと急性被ばくであろうと影響は同じという前提の下で作成しています。 基準をつくるときには何らかの単位をつけなければならないため、1年当たりにしていますが、実際には1年間で100ミリシーベルト浴びるのと一瞬で100ミリシーベルト浴びるのではおのずと人体への影響は異なります。 もう1つ、チェルノブイリの事故後、甲状腺がんが証明されたことはわかっていますが、白血病も含めてがんなど、それ以外の健康影響はこれまで証明されていないのです。ですから、少なくとも、例えば、セシウムによる慢性の低線量被ばくで何か健康影響が証明されたかというと、今のところ証明されていないのです。 甲状腺がんは、主に初期の頃の放射性ヨウ素の内部被ばくによりますから、少なくとも現時点のような空間線量であれば、それを過剰に心配される必要はあまりないだろうと思います。 現在、1ミリシーベルトが基準としてありますが、1ミリシーベルトを超えるとすぐ何か健康影響が出るというわけではなく、100ミリシーベルトを一度に浴びるとがんのリスクが少し増えていくことを踏まえた上で、「正常時であればなるべく浴びないようにしましょう」という基準として設けられた値です。ですから、十分な安全域を設けた上で種々の基準はつくられていますから、現在の福島の線量で何か特別に健康影響が出るかというと、それは考えにくいと思います。  

災害時には放射線防護の線量の基準は変動していく

 

── 一般の方にとっては、1、20、100という数字がどのような数値なのか、よくわからないままだったように思いますが。

高村 そのとおりですね。正常時は年間1ミリシーベルトという基準がある。同時に災害時の線量の基準もあり、「年間当たり100~20ミリシーベルトのうちのできるだけ低いところで線量の基準をつくってください」と。 その中に、例えば「一過性でも50ミリシーベルトを被ばくするような危険性があると判断されれば、避難してください」、あるいは「10ミリシーベルトを超えるようだったら、屋内待避してください」という基準があるのです。いったん事故が収束したら、「20ミリシーベルトから徐々に厳しくしていって、最終的には元の1に戻してください」というふうに災害時には線量の基準が変動していきます。 photo_takamura6

提供:高村 昇 氏

  健康の基準の目安としての100ミリシーベルトがあって、それより下の範囲内で可能な限り現実的なラインとして、「事故の時期に合わせながら線量の基準を変えていってください」ということです。 その中に20というライン、100というラインと、1というラインがあるのですが、その数字がそれぞれどのような意味をもつか、という説明がされないので、どうしても混乱を招いてしまいました。  

── 福島の住民の方にとって継続して必要とされる取組みがあれば、教えて下さい。

高村 福島県では現在、県民の方、特に若い世代の県民の健康を見守るという目的で「県民健康管理調査」が進められています。 福島ではチェルノブイリの経験を踏まえた種々の対策を事故直後からとっていますが、チェルノブイリでは甲状腺がんが増えたことが科学的に証明されているため、県民の方には健康に対する不安があります。 そういった不安を解消する、きちんと見守るということで、県民健康管理調査がされています。そのための施策の一つとして、県民の方の甲状腺の超音波検査を2年に1度することになるでしょう。 それと今、福島では復興に向けた動きが進んでいます。川内村は、去年の4月に「帰村宣言」を出し、避難先から役場機能を元に戻して住民も帰ってくることを奨励しています。ですから、この川内村が福島の復興の先駈けモデルになると思います。 私は事故直後の3月19日くらいから現在まで何度も福島県に入っていますが、 最初の頃は、住民の方々も集団としての不安や集団としてどうすればいいかわからないという状態だったと思います。現在は、個々の生活レベルで、食物は大丈夫か、この食物はつくっていいのかさらには、避難しているところから戻るに当たっての不安、長期の避難に伴う生活上の不便や不安などがあるかと思います。 こうしたことに、放射線影響の専門家や科学の専門家がそれぞれの立場で寄り添って継続的に協力していくことが必要だろうと思います。 個別に相談を受けながら復興をお手伝いしたいという思いから、以前、長崎大学の大学院生の女性の保健師に川内村に1か月間行ってもらいました。 そうしたこともあり、長崎大学は川内村と連携協定を結び、川内村に教育研究拠点というサテライトを設定することになりました。 そこには職員を常駐させようと思っています。例えば保健師が常に住民の方の健康に気を配り、個別相談をする。村に入っている方、避難されている方々の健康をサポートする、あるいは健康の疑問に対して答えるという役割の保健師などを常駐させることで、復興の支援をやっていこうとしています。 photo_takamura7

長崎大学の取り組みを一面トップで報じる長崎新聞(2013.1.1)

 

復興しようという地域に波及できるような取組みができれば

 

── それは素晴らしい取り組みですね。

高村 我々は、川内村とこのような連携協定を結びましたが、それはやはりいち早く帰還復興を始めた川内村を何とかお手伝いしたいという思いでした。今後帰還して復興しようという地域に波及できるような取組みができれば、と思っています。 また、昨年12月に私と長崎の田上市長らで川内村を訪問し、この夏ぐらいだと思いますが、長崎市は川内村の子供さんたちを長崎に呼んで平和教育をやったり、あるいは長崎の子供たちが川内村に行ったりというような子供の交流を予定しています。 大学だけではなくて、例えば長崎県内の自治体と大学が連動しながら復興に協力していく。いろいろなレベルで大学と地方自治体がタッグを組んで復興に協力していければいいなと思い、今いろいろとお話をしているところです。 例えば、長崎には「おくんち」というお祭りがあります。太鼓山(コッコデショ)というお神輿があるのですが、その神輿の柱を替える時期に入ってきています。現在、川内村から木を伐ってきてその柱に使おう、という話が進んでいます。  

── 現在、チェルノブイリではどのような調査をされているのですか。

高村 現在、毎年1万から2万人くらいホールボディカウンターで、内部被ばくの推移をずっとみています。土を取ってきて、20年以上経って、どのようにセシウムが動くかということも調査した上で、住民の方の様々な健康調査をやっています。 今、ウクライナに長崎大学の大学院生の女性の医者が半常駐し、ずっと甲状腺の調査をやってくれています。  

(2013年1月8日)

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