福島第一事故情報

放射線による人体への影響

福島県浪江町民の甲状腺被ばくを追って

弘前大学被ばく医療総合研究所教授 床次 眞司 氏 (とこなみ・しんじ)

1964年 鹿児島県生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科で物理学および応用物理学専攻。博士 (工学)。科学技術庁放射線医学総合研究所研究員、米国エネルギー省環境測定研究所客員研究員、 (独)放射線医学総合研究所・環境放射能調査支援室長等を経て、 2011年1月より現職。専門分野は放射性核種の放射線計測と線量評価。

── 事故から2年経過しました。事故後、福島では主にどういう研究が進められて来ているのでしょうか。

床次 今、私も巻き込まれていますが、事故が起こってから最初の数か月間の、放射性のヨウ素131による初期被ばくの実態がつかめてないことが問題になりました。
現在は、セシウムがその対象核種に変わり、それを人が住めるように除染していくなど、一般の人をセシウムによる放射線からどうやって守るか、ということに研究の内容がシフトしています。



事故の1か月後からヨウ素131の調査を始めた


── 床次先生は、ヨウ素131による甲状腺初期被ばくの解明にあたっているということですね。

床次 はい。私は2011年3月15日に福島県に入りました。まず、被ばくのスクリーニング(選別、ふるい分け)で、県民の汚染検査をしたのがスタートです。
それから、放射能のレベルが地域全体としてどうなっているか調べようと、できるだけ多くの地点で計測することを始めました。それは現在も継続的にやっています。
そうした経緯で、事故から1か月後にヨウ素131の調査を始めました。


── ヨウ素131による初期被ばくの解析が重要だというのはどういう理由からでしょうか。

床次 1986年に起きたチェルノブイリ事故で一番問題になったのは、子供たちを中心に起きた甲状腺がんでした。ヨウ素131による甲状腺の内部被ばくが問題だったのです。今のところチェルノブイリ事故の中で一般の人に対して科学的に裏付けがある健康影響はそれしかないと言われています。ですから、ヨウ素131が要注意とされているのです。
しかし、福島の事故では一般住民の甲状腺被ばく線量の調査が難しく、十分なデータが得られていませんでした。事故後、数か月経ってから、関係機関により福島県民に対する内部被ばく線量評価のためにホールボディカウンターによる検査が開始されましたが、放射性ヨウ素の半減期は短いため、検出できませんでした。
そのため、放射性ヨウ素に関する一般住民の甲状腺被ばく線量の情報については、現状、私たち弘前大学によって得られたデータが唯一です。



最大で33ミリシーベルト被ばくした方が1人いた


── 避難者の甲状腺の初期被ばく線量の調査は、どのように始められたのでしょうか。

床次 事故直後の3月には浪江町に入れず、最初に入ったのが4月11日でした。4月11日から16日に62名の検査をしました。62名の内訳は、浪江町の住民の方17名と南相馬市から福島市に避難された45名で、年齢は0歳から83歳までの方々でした。
調査の結果、それぞれの方の甲状腺に入っているヨウ素131の放射能がわかりました。ヨウ素131の放射能がわかれば、年齢によって線量換算係数が決まっているため、人体への影響を表す線量を計算によって求めることができます。
その結果、南相馬市からの避難者45名中39名、浪江町の住民17名中7名から甲状腺中にヨウ素131が検出され、100ミリシーベルトを超えた方はいらっしゃいませんでした。この結果が2012年3月に報道されましたが、私たちは、その時のデータを再解析することにしました。
というのは、被ばく線量はその時点までの得られた情報を基に仮説を立てて推計しますから、ヨウ素131の摂取日やその時の状態などによって数値が変わってきます。事故後、次第に分かってきた最新の情報に基づいて、再解析をすることにしたのです。
2012年3月に発表された調査(被ばく線量最大87ミリシーベルト)は、3月12日に被ばくしたことを前提としていましたが、3月15日の13時~17時に前提を変更しました。その1つの理由は、飯舘村の役場のモニタリングデータが見つかり、これによると、15日午前中までは、空間放射線量が0.1マイクロシーベルトくらいとずっと低いレベルで推移していたのです。ところが昼の1時になると、空間放射線量がはね上がってきます。この地域に午後、プルーム(放射性物質を含んだ雲)が来たということが推測できます。
この地域のそばでは、10時に浪江町長が全町避難命令を出し、住民が避難し始めていました。町民が避難し始めた10時の放射線量はそんなに高くないので、おそらくまだプルームは来ていなかったでしょう。午後1時頃にプルームが来た頃には、町民は既に避難し始めていた、あるいは避難し終わっていたと考えることができます。このような実態を、再解析の条件に組み込みました。
また、被ばくの前提として、100%吸い込んだとものとして考えました。チェルノブイリの教訓を活かした国の通達によって、食品の規制がされたため、食品を通じて取り込まれたことはないだろうと仮定しています。



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提供:床次 眞司 氏



その結果、2012年7月に発表しましたが、甲状腺等価線量(甲状腺だけに与える放射線量)の値は、最大で33ミリシーベルトを被ばくした方が1人いましたが、IAEA(国際原子力機関)が甲状腺被ばくを防ぐため安定ヨウ素剤を飲む目安としている50ミリシーベルトを超えた人はいませんでした。ほとんどの人たちは5ミリシーベルト以下でした。
チェルノブイリの避難者の甲状腺被ばく線量の平均が約500ミリシーベルトですから、それに比べると100分の1以下という結果でした。



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提供:床次 眞司 氏



食生活の違いがヨウ素131の摂取量にも影響したのではないか


── 様々な前提条件によっても、結果が大きく変わってくるのですね。

床次 ええ。4月11日に浪江町に入ってから、まず、私たちは屋内と屋外で空間線量率を測ったり、いろいろな環境試料を採取したりしました。4月の段階でもヨウ素131は出ていました。ヨウ素131は、半減期が8日と短いのですが、環境中のヨウ素131の量を見ると、セシウムに比べてかなり多いのです。私たちが行った甲状腺被ばく線量推定のための体内残留放射能の測定結果では、ヨウ素131の量は予想したよりかなり少なく、環境中のデータから予想される値よりも10分の1も低いのです。
この矛盾の原因は何だろうと考えてみると、ヨウ素131は体内に取り込まれる放射能で、甲状腺に溜まっています。甲状腺は、放射性ヨウ素でも非放射性のヨウ素でも、甲状腺に一定量あれば、それ以上摂り込まれません。ですから、日本人のように海藻をよく食べる民族はもともと非放射性のヨウ素で満たされていたため、体内に摂り込んだ放射性ヨウ素131がわずかだったと考えられます。そのような理由で、甲状腺の被ばく線量が低かったのではないか、というのが一番合理的な考え方です。



ICRP(国際放射線防護委員会)によると「摂り込んだヨウ素のうちの30%くらいは甲状腺に移行する」と言われていますが、これは欧米の場合です。
チェルノブイリ事故の被災地は内陸のため、もともとヨウ素欠乏症だったのではないかと言われています。そのような状態のところにヨウ素131が来ると大量に体内に取り込まれ、被ばく線量も高くなります。
福島で、海の周辺の人たちは普段から海藻をよく食べています。そうすると、ヨウ素131を摂り込む量が30%ではなくて、例えば3%だったとしたら、10倍違いますね。



── 興味深いですね。

床次 ええ、普通に考えたら、例えば、環境中でセシウムより10倍放射性ヨウ素が高ければ、人が摂り込むのも同じように高くなるはずです。それが逆転してヨウ素のほうが少なくなっているのです。1より小さく、セシウムが圧倒的に多い。
その理由は、ヒトが吸い込んだときに、外にいたのか、車の中か、家の中か、それによって変わるからです。ですから放射線からの防護策として、屋内待避がありますが、場所や時間、生理学的なこと、そういったものが全部合わさって低くなったのか、特に10倍も変わるのは海藻のせいなのか、などと考えています。でも、海藻を食べない人もいますから、個別に調べないとわからない評価です。
また、ヨウ素131やセシウムを取り込んでも個人差があります。年齢によって呼吸量や甲状腺を満たすヨウ素の量(摂取移行率)などが違います。ですから、事故直後の時点での被ばく線量は本当にざっくりとした形でしか出すことができないのです。



セシウムの線量値からヨウ素131の被ばく量を推定した


── 今年1月には、浪江町の一部町民の甲状腺被ばくは推定で最大4.6ミリシーベルトという結果を発表されましたが、その経緯は。

床次 浪江町では2011年7月~8月に国が住民2393人のホールボディカウンタによるセシウムの放射能を検査していて、うち1994人は検出限界値以下だったのですが、ヨウ素131の初期被ばくの実態はセシウムを測ってもわかりません。そこで、初期被ばくの実態を分析してほしいという依頼が浪江町からあり、浪江町の方を対象として、ヨウ素131による初期被ばくの推定を行いました。
浪江町の皆さんは集団で行動されており、大体同じような行動をしていた。
そうすると、同じ組成、同じ比率のプルームを吸っているだろうと推定できます。その人たちの持っているセシウムの情報は、比率を使えばヨウ素131にうまく変換できるのではないかと考えました。



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提供:床次 眞司 氏



もともと私たちは62名の少ない人数のデータしかなく、甲状腺のヨウ素131だけに着目したのですが、検査の時はヨウ素131だけでなく、全身からのセシウムの放射能も測定していました。そうすると、その時のヨウ素131とセシウムの比率が基本的に同じではないかということで、62名の調査データを基にスタートしたのです。人によって甲状腺に移行する割合が違ったり、いつ摂取されたか、どこにいたのかなどで全然違ってくるので、数値がバラバラになるのはわかっていましたが、再解析してみました。
今までのデータの確認や校正実験をやって解析した情報から放射能値を出して、その放射能値に、ある係数を掛けてヨウ素に変えるということを行いました。
確認された放射性セシウムには134と137の2つの核種がありましたが、使用した測定器で、解析がきれいに出来るのは134でした。そこで、セシウム134を使ってヨウ素131を評価しました。
そして摂取した日まで遡って、その比率を出したのです。
そこから推定して、浪江町の一部住民の受けたヨウ素131による甲状腺被ばくは、最大4.6ミリシーベルトと分かりました。
例えば、2011年7月11日から放射線医学総合研究所(放医研)や日本原子力研究開発機構(JAEA)で浪江の子供たちを測ったホールボディカウンタのデータがあったのですが、その結果から調べてみても、最大値の比率を使った場合と平均値を使った場合で計算すると、17歳の子供で5ミリシーベルトと4.6ミリシーベルトになりました。
私は平均値を使ったほうがいいと思うのですが、メディアによっては「最大見積もってもこれ以下だ」と説明をしていますね。もっともらしいのはこれ以上はないという最大値ですが、科学的に説明するには平均値を使ったほうがいいかなと思います。でも、それだけきちんとした確定数字を出すことがなかなか難しいのです。



── 過去に遡っての調査・分析は、情報に左右されるところも多く、どうしても難しくなりますね。

床次 今もまだ継続して調査・分析していますが、桁が合って御の字だなと思っています。私たちは独自でこういうアプローチをしていますが、例えば、放医研やJAEAでいろいろな行動調査あるいは1000人くらいのサーベイメータの調査から推計した結果とそう変わらないですね。彼らも「被ばく量は20~30ミリシーベルトくらいだ」と言っています。ですから、おそらくそのあたりに収束するのかな、と。いろいろ新たな情報がきても、覆ることはもうない、と私は思います。



放射線の知識やリスクについての教育が求められる


── 今後求められる取り組みとしては、どんなことがあるとお考えでしょうか。

床次 結局、放射性のリスクや放射線に関する知識が一般の人たちにほとんど教育されてないままきていますね。今頃になって小学校の生物に放射線、中学校でも放射線をということで副読本が配られたりしている状況です。今のそういう教育がなされない状態の人たちと私たちは向き合わなければいけないので、常にそばにいて、わからないときにすぐ相談に乗れる、そのポジションにはいなければいけないなと思っています。



(2013年3月22日)

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