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【寄稿】原子力を取り巻く「空気」が変わった?
     ~2022年度「原子力に関する世論調査」の結果を読む~

 
掲載日:2023.4.10
木村学習コンサルタンツ 代表 木村 浩 氏
(「原子力文化 2023年4月号」掲載 )

原子力に関する世論調査


日本原子力文化財団は、2022年10月初旬頃に2022年度「原子力に関する世論調査」を実施しました。本調査は、層化二段無作為抽出法により回答者をサンプリングし、個別訪問留置法を用いて、全国15~79歳の男女1200名の回答を得ています。・・・最初から難しい用語を使ってしまいましたが、要は「日本国民を母集団とするアンケート調査として、相応に信頼できる品質を持っている」と考えてよいだろうということです。



また、この世論調査は、2006年度の初回から、調査方法も同一のまま継続的に実施されており、2022年度の調査で16回を数えました。原子力にとって大きなインパクトを与えた2011年3月の東日本大震災(以降、震災)をまたいで継続実施されている世論調査であり、その観点からも貴重なものと捉えることができるでしょう。


さて、本稿では、最新となる2022年度調査の結果のうち、ほんの触りをご紹介します。なお、2022年度「原子力に関する世論調査」報告書の全文は、日本原子力文化財団のホームページに2023年3月から一般公開されています。かなりのボリュームのあるものとなっておりますが、ご興味のある方はぜひご覧ください。


原子力発電の利用に対する世論の推移

せっかく震災前からの継続調査なのだから、そこからの推移が見える結果を見てみたい、と思われたかもしれませんが、まことに申し訳ございません。本調査のうち、私がもっとも大切だと思っている部分を紹介します。


下記は、今後の原子力発電の利用についての調査結果です。選択肢には「原子力発電を増やしていくべきだ(増加)」「東日本大震災以前の原子力発電の状況を維持していくべきだ(震災前復帰)」「原子力発電をしばらく利用するが、徐々に廃止していくべきだ(徐々に廃止)」「原子力発電は即時、廃止すべきだ(即時廃止)」(カッコ内は、本文および図中での略記)に加えて、「その他」「わからない」「あてはまるものはない」の7つが示されており、そこから1つを選ぶという形式をとっています。2014年度からまったく同一の質問・選択肢で調査しており、図1にはそこからの推移が示されています。


図1:今後日本は、原子力発電をどのように利用していけばよいと思いますか


世代の差

では、この「空気」の変化はなぜ起こったのでしょうか。それを洞察するために、少し踏み込んで結果を見てみましょう。図2は、原子力発電の利用についての回答を、回答者の世代によってわけたものです。2020~2022年度までの結果を示しています。


ここでは、おおまかな人生のステージを考慮して世代をわけています。24歳以下は、生徒・学生や新社会人が多い「若年世代」、25~64歳は社会で中心的に仕事をされている「中心世代」、65歳以上は定年退職し、第2の人生を歩む「シニア世代」と呼ぶことにします。そして、「中心世代」はさらに2つにわけて、前半の25~44歳を「青年世代」、後半の45~64歳を「壮年世代」としました。


下記の図を見ると、世代によってずいぶんと回答の分布が異なる、という印象を持たれるのではないかと思います。まず、どの世代でも共通して言えるのは、「徐々に廃止」という回答が多いということ。「本音ではやめたいけど、しばらくは原子力を利用せざるを得ない」という「空気」は、世代に関わらないものです。


図2:原子力発電の利用について(2020~2022年度の世代別結果)


一方、世代の差が大きい回答のひとつは「わからない」です。若い世代(若年世代・青年世代)ではこの回答が多く、年齢を重ねるごとに回答数が減っていくというおおよその傾向が見られます。これは「自己認識している知識量」と関係があるでしょう。一般に、「『私は知識を持っている』と強く認識する」ほど、堅牢な意見や見解を持ちやすくなります。逆に言うと、意見を柔軟に変えづらくなります。本調査では原子力に関する事柄をどのくらい知っているかについて調査していますが、高齢になるにつれて知っていることが増える(と自己認識している)ことがわかっています。


また、原子力発電の利用に対する回答の分布も世代で異なります。若年世代では積極的に原子力発電を利用していこうとする回答(増加・震災前復帰)が比較的多く、逆に、シニア世代では積極的に廃止しようとする回答(即時廃止)が比較的多い。ここには2020年度以降の調査結果しか示されていませんが、この質問を初めて問うた2014年度調査から、おおまかにはその傾向が続いていることを確認しています。これは、原子力に限らず社会に関するリスクは、年齢を重ねるともにそのリスクを高く認識する傾向がある、との知見に沿ったものであると考えられます(岸川ら, 日本リスク研究学会誌22(2), 111-116(2012))。ただ、シニア世代における即時廃止の回答が、この2年間で半減しているのは特記すべきでしょう。


ここでもう一度、図2を見てみましょう。私が特に注目したのは、壮年世代における原子力発電の積極的利用回答の推移です。2022年度の調査では、積極的利用回答の割合は世代によらず増えていますが、その中でも壮年世代の増加は私の目を引きました。これまでは若い世代で積極的利用回答の割合が増えることがあっても、壮年世代以降では大きな変化が見られないと思い込んでいたこともあり、何がこの壮年世代での変化を引き起こしたのだろうかと興味を持ったのです。


自然災害やウクライナ情勢との関連性

その疑問に対する答えらしきものを見出したのは、最近のニュースに対する関心の結果からでした。図3は、調査実施前によく報道されていたエネルギーや原子力に関するニュースを基に、大まかな分類で関心の有無を聞いた結果です。


最近のニュースの中でもっとも関心を持たれていたのは「地球温暖化」で、回答の選択率は7割を超えています。次いで、「自然災害による停電」「電力不足」が6割弱の選択率、「ウクライナ情勢とエネルギー価格」「ウクライナ情勢とエネルギー供給」が5割強の選択率です。また、「福島第一原発の処理水海洋放出」もおよそ4割の選択率と、人びとの関心が高い様子がうかがえます。


ここでは示しませんが、本調査にある別の質問の結果から、地球温暖化に対する関心は、ここ数年ずっと高い状態であることが確認されています。すると、2022年度の原子力利用に関する壮年世代の変化は、地球温暖化以外の要因であると推測されます。また、エネルギー安定供給や電力価格、日本のエネルギー事情に対する関心が、2022年度の調査では大きく増加したとの結果もありました。これらの関心が増加した要因は何かと考えると、そこに「自然災害」「停電」「電力ひっ迫」「ウクライナ情勢」「エネルギー価格」などのキーワードが連想され、先ほど紹介した、関心を持たれている最近のニュースと関係があるのではないかと思いました。さらに詳しく見てみると、これらのニュースは、若年世代というよりは、中心世代、特に壮年世代に関心が高いものであることがわかり、やはりこれが2022年度の原子力利用に関する壮年世代の変化に影響を及ぼしたのではないかと考えました。

このようにして、私は、2022年度の調査で感じた原子力発電に対する「空気」の変化、すなわち、「原子力をもう少し積極的に利用することを考えてもよいのでは?」という社会の「空気」は、昨今世間をにぎわす「自然災害」や「ウクライナ情勢」と結びついた「エネルギー安定供給」や「エネルギー価格高騰」への不安によって醸しだされているのではないかという仮説を持つにいたりました。エネルギー供給やその価格というものは、特に壮年世代においては自分自身の生活や仕事に影響を及ぼしやすく、それらに対する不安感は自分事化しやすいものであろうことを踏まえても、矛盾の少ない整合性のある仮説だと思っています。


図3:問20-1 以下に挙げている最近の原子力やエネルギーのニュースの中で、あなたが「気になる事柄」はどれですか。(複数回答)


世論調査の結果を読むとは、「社会の空気」を読むということ

話は変わりますが、世論(せろん)は、輿論(よろん)とは異なります。詳しくは佐藤卓己氏の著書である「輿論と世論」(新潮選書)を読んでいただきたいと思いますが、その中で、世論とはpopular sentimentsであると書かれています。直訳するなら「大衆の感情(の集合)」、その意味を捉えるなら、その時に流れている「社会の空気」とでも表現すればよいでしょうか。一方、輿論とは、public opinion。直訳するなら「公衆の意見」。公(おおやけ)の物事に対して意思意見を持つ人たちが有して表する意見であり、しっかりと根のはった「国民の声」ということです。


本稿で紹介したようなデータのように、世間一般の皆様からアンケートを取って示されるような結果は、まさに「大衆の感情」であり、「社会の空気」です。日本原子力文化財団が実施している「原子力に関する世論調査」については、日本国民を母集団と見るためのサンプリング方法を採用し、相当数の回答を回収しているので、日本社会の「世論(せろん)調査」と見てもよいものでしょう。ただし、その結果は、決して「輿論=国民の声」ではないということは注意が必要です。あくまで、現在の(正確には、調査実施時の)回答者の感情の集合であり、そこから推定される「社会の空気」なのです。


そこに分析者(本稿では私ですが)が因果関係めいたものを発見したとしても、それは空気の流れを感じている程度のものです。だから「このような結果だから、こうしたらよい、そうすれば状況は改善するのではないか」などのようなことを言っても、それは的を射ないでしょう。社会の「空気」はどう変わるかなど想像もできません。それこそ来週の天気が予想できない程度には。


本稿で紹介した世論調査の結果は、確かに2022年に原子力発電に対する「社会の空気」が変わったことを示しているのだろうと、私は考えています。そして、その変化には、昨今の電力ひっ迫の報道やウクライナ情勢が何らかの影響を及ぼしているのだろう、との推測もできます。しかし、あくまで「空気」なのです。まだ「国民の声」ではないでしょう。だから、この「空気」がずっとこのままである保証は何もありません。


私たちが日々の生活を送るときに、天気の良し悪しにそこまで一喜一憂していても仕方ない。その日の生活の中でやるべきことに粛々と取り組み、堅実に毎日を送ることの方が大切です。世論調査の結果とは、その時点での「天気」のようなものです。2022年の調査結果は、原子力に関わりのある人たちにとって、「ようやく日の光が差してきた」とうれしいものでしょう。だから、その「光」を長く感じ続けるためにも、日々取り組むべきことに取り組み、堅実で信頼に足る土台を作り続けていこうとする地道な努力こそが大切だと思います。私などに言われるまでもないこととは、百も承知ですが。



木村学習コンサルタンツ 代表 木村 浩 氏

2003年 東京大学大学院博士課程修了。博士(工学)。その後、東京大学講師・准教授、NPOパブリック・アウトリーチなどを経て、現在、木村学習コンサルタンツ代表。東京大学・上智大学の非常勤講師も務める。専門領域は、リスクコミュニケーションや社会調査など。原子力・エネルギー問題と社会との関わりについて造詣が深い。

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