コラム

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低線量放射線とストレス、どちらががんリスクを上げるか

宇野 賀津子 氏 《(公財)ルイ・パストゥール医学研究センター インターフェロン・生体防御研究室長》


『原子力文化2018.12月号』掲載


低線量放射線とストレス、どちらががんリスクを上げるか



2011年3月11日の地震・津波に続く福島第一原発事故のニュースに釘付けになりながら、福島事故の放出放射線量がチェルノブイリ事故を超えるレベルではないと確認したとき、影響があるとすれば、がんリスクの上昇と老化促進への影響かと考え、2011年3月末にNPO法人あいんしゅたいんのホームページに「放射線の影響:理解を深めるために」を掲載した。
この中に、「不確かな情報による不安は、ストレスとなり、免疫力の低下に繋がります。その結果、感染症にもかかりやすくなり、発がんのリスクが増大します。考えようによっては、低線量の放射線以上の悪影響を身体に及ぼします」、との言葉を入れた。
さらに、「がん」が大きくなるには長い年月を要するので、その間の免疫能の高低は数十年先にがんが大きくなって表面化するか、それとも、あまり大きくならずにそれを抱えたまま一生を終えるか、結果は異なってくると書いた。低線量放射線の直接的影響よりも、ストレスで免疫機能が低下する方が危険との考えは、事故から7年以上経過した今も変わっていない。
しかしながら、低線量放射線の免疫系および発がんへの影響はどこまで学問的に明らかにされているのか。低線量放射線よりストレスの方が、がんリスクを上げるというデータはどの程度あるか。さらに、食やライフスタイルの変化で低線量放射線の影響は克服できるとの証拠はどの程度あるのか。今一度、現時点での学問的到達点を整理し、その根拠を明らかにすることは、免疫学に長年関わってきた研究者の一人として義務であると考え、今年のリスク学会での発表のために、情報の整理を試みた。
放射線の後影響の研究は、広島・長崎の原爆被爆者の寿命調査研究が、一番学問的評価が高く信頼性も高い。これによると、1シ―ベルト(※)の被ばくによる発がんのリスクは、がん全体で1.5倍である。影響が出始める線量とされる「しきい値」があるのかないのかは議論があるが、100ミリシーベルトの被ばくによるがん死亡リスクを調べても、自然発生のがん死亡リスクを有意に超えてはおらず、統計的には125ミリシーベルトを超えて初めて有意差が認められている。
このように被ばくの影響は無視できないものであるが、喫煙(1.6倍)や受動喫煙(1.03倍)、肥満(BMI30以上の場合1.22倍)、やせ(BMI19未満の場合1.29倍)もまた、がんリスクとしては大きい。実際、福島事故後、特に避難者の間で糖尿病の増加が明らかにされているが、がん死亡リスクという観点からは、帰還困難区域の方の被ばく線量の健康影響よりも糖尿病によるがんリスク(全がんの場合1.22倍)の方が大きいのは事実である。
ネズミ相手のストレス実験は難しいが、匂いや音を軽減した豊かな環境下と慢性的ストレス下で飼育した時では、後者のウイルス発がんの時期は、前者に比べ、3分の2に短縮した。その影響は、自然放射線の3000倍の環境での差(寿命が10%短縮)よりも大きそうである。
一方、カロリー制限でもウイルス発がんが大きく遅れる。どうやら低線量の放射線影響は、食生活やストレスの軽減で、改善する問題も多そうである。逆にいつまでも心配している方が悪影響が大きいことはまちがいない。

※1シーベルト=1,000ミリシーベルト

(『原子力文化2018.12月号』掲載)

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