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食品照射ってなんだろう?~そのメカニズムと日本における現状~
食品照射は、医療器具の放射線滅菌と同様に国際的に標準化された技術として世界各国で実用化されており、特に最近では植物検疫への利用が急拡大しています。
しかし、日本では、ジャガイモの芽止め以外は食品衛生法で禁止されたまま、国際的な流れに取り残されています。なぜこうなってしまったのでしょうか。
2018年7月に東京大学で消費者団体・食のコミュニケーション円卓会議が主催した「第9回・市民のための公開講座・しゃべり場」に参加し、食品照射についてのさまざまな議論を聴いてきました。
食品照射とは
食品照射とは、食品や農産物などに放射線を当てて、殺菌、殺虫、芽止めを行なう放射線の産業利用の一つです。
放射線を物質に当てて起こる化学反応の一つに分子を切断するという性質があります。生物が本来持っている修復能力を超えて、大量のDNA損傷を起こすことで、細胞の分裂増殖を防ぐことができます。この性質が殺菌・滅菌、がん治療や品種改良、そして食品への照射に応用されています。
なぜ、放射線を殺菌・滅菌に利用するのでしょうか。放射線処理は、薬剤を使わないため滅菌後の処理が不要で、原材料の形状や物性を保つことができ、照射した線量が効果の目安となるため、工程管理も簡単だからです。
輸入食品でも照射食品は流通できない
放射線を使えば、包装後の食品も均一に殺菌でき、効果の信頼性が高く、開封するまで内部は清潔に保たれます。また、非加熱処理のため、色や香り、栄養素が高品質に保たれ、生鮮食品や冷凍食品にも使えます。香辛料の殺菌で使われる線量、10キログレイはわずか2.4℃の温度上昇に相当します。
薬剤の使用による環境汚染や残留性の問題がないことも大きな特徴です。国際的に植物検疫処理への利用が進められているのも、オゾン層破壊物質である臭化メチルによる燻蒸処理を一刻も早く止めるためです。
これまでに、日本を除く全ての先進国ではコーデックス委員会(※)などの国際機関評価をもとに、安全性を評価し、規格・基準を整備してきました。
一方、日本では、ガンマ線照射によるジャガイモの芽止めを許可する際に、法的な規制の手続きとして食品への放射線照射をひとまず原則的に禁止しましたが、その後も他の食品への利用の拡大の検討が進まず、新たな許可の前提となるリスク評価も行なわれていません。
輸入食品においても、検査で照射が認められた場合は食品衛生法違反となり、日本の市場に流通することはありません。
日本は食品照射に関して欧米やアジア諸国に対して鎖国状態にあるのが、現状です。
※コーデックス委員会・・・消費者の健康の保護、食品の公正な貿易の確保等を目的として、1963年に国際連合食糧農業機関・世界保健機関により設置された国際機関
なぜ食品照射は広がらないか
なぜ、わが国で食品照射は広がらないのでしょうか。会場の参加者も交えた討論が行なわれました。
まず、心配されたのは食品の安全性についてです。食品中に含まれる脂肪酸の量と、放射線が照射された線量に比例して、2-アルキルシクロブタノン類という物質が生成します。この物質に発がん性があるのではないかという懸念がありました。しかし、食品安全委員会の研究でも発がん性はないことが示されています。
また、照射によって栄養素が失われてしまうのではないかという懸念がありました。これは事実ですが、加熱によって失われるほどではありません。
許可された以上の高線量で照射された食品が市場に出回ったりはしないのか、という懸念もありましたが、食のコミュニケーション円卓会議では、野菜や果物などの照射実験を行なって検証し、必要以上に高線量の照射では著しい品質の劣化が見られるため、市場に出回ることはないだろうとしています。
さらに、牛の生レバーに照射することによって臭気が発生するのではないか、という懸念についても同会議で実験が行なわれ、米国のハンバーグ用パテの照射殺菌の適正線量で照射した時は、風味・品質について照射前と遜色ないとしています。
代表を務める市川まりこさんは、「最初に食べ物に放射線と聞いたときは、よくわからないし、ありえない!という感覚でした。でも、まずは勉強してみようと考えて、専門家を訪ね、いろいろな体験実験に取り組みました。すると、消費者の立場から見ても、この技術は世の中の役に立ちそうだと納得できる感触を得ることができたのです。日本では、多くの消費者は食品照射について知らないため、その価値を想像することもできないのが残念です。食品照射に対する消費者の不安の解消に向けて、情報を発信し、議論を行なっていくことがとても重要です」と締めくくりました。
【関連リンク】月刊誌『原子力文化』(一般財団法人 日本原子力文化財団)