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【寄稿】コロナ危機とエネルギー危機 ~第1話:プロローグ~


掲載日2020.5.8

株式会社 ユニバーサルエネルギー研究所 代表取締役社長 金田 武司 氏

今年2020年はコロナ禍での幕開けとなりました。昨年は台風、一昨年は大地震による大停電。社会・経済そして暮らしへの影響が大きくニュースとして取り上げられ、記憶に新しいことと思います。2020年4月末現在、コロナ禍は少なくとも全世界の様々な活動を停止・制限していますが、エネルギー供給にも非常に大きな影を落としています。エネルギー資源の無い日本はすべて海外からの輸入に頼っています。今後どのような影響が考えられるのでしょうか。

初回、第1話ではコロナ危機と「エネルギー危機」の関係について包括的に考えてみたいと思います。


(1)「自給」と混乱 ~医療品とエネルギーの海外依存~


4月末現在、我が国に十分なマスクが行き渡っていません。医療機関でさえマスク不足が深刻な課題となっています。一体マスクはどこに行ってしまったのでしょうか。実は、世界のマスクのほとんどが中国からの供給でした。

ちなみに、日本で流通しているマスクも日本国内で生産されているものはわずか2割程度(日本衛生材料工業連合会による)とのこと。ほぼ全量を中国からの輸入に頼っていたわけです。

コロナ危機で気が付いたこと、そして大きな混乱の要因は国民の健康を守る医療機器、感染防護服、人工呼吸器および医療品のほとんどが海外製、しかも特定の国に大きく依存しているということが問題であると指摘されています。

エネルギー資源について従来から言われてきたことと同様の構図がここにあったのです。


(2)驚異的な海外依存度 ~エネルギー資源は生産することが出来ない~


3月末、「国内と欧州でのマスクの生産力を高め、独立性を取り戻すことが優先事項だ」と演説したのはフランスのマクロン大統領です。ここであえて「独立」という言葉を使ったことには深い意味がありました。

コロナ感染の発生源である中国以上に大きな感染拡大を招いてしまった欧州では、衛生用品の自給を政府主導で促進しています。自国の政策を実現するためにはまずは、「独立性を取り戻すこと」。この言葉は医療に関わらず、あらゆる産業に対して示唆に満ちた発言だととらえることが出来るでしょう。

日本のエネルギー自給率を見てみますと、特に化石燃料はほぼすべて海外からの輸入に頼っていることが分かります。原油0.3%、液化天然ガス2.5%、石炭0.7%(2018年 資源エネルギー庁)という自給率です。


エネルギー自給率

(出典:一般財団法人日本原子力文化財団『原子力・総合パンフレット2019』)


一次エネルギー全体をみても日本のエネルギーの自給率はわずか9.6%(IEA「World Energy Balances 2018」)でしかありません。マスクの自給率(約20%)どころではありません。しかも、マスクと違うことは国内では決して生産が出来ないということです。

海外からの供給が止まればどうすることもできません。さて、コロナの影響でエネルギー供給が壊滅的な影響を受けるというシナリオはあるのでしょうか。


(3)生活の糧「食料」とエネルギー資源の類似点 ~自己保身・奪い合いの構図~


コロナの影響で顕在化した次のリスクを見てみましょう。日本が海外から輸入しているものはもちろんマスク、電気製品などにとどまりません。自動車部品もそうです。かなりの部分を中国などの海外に依存している限り、供給が止まれば生産することはできません。

さらに日本は生存に最も重要な「食料=生活の糧」の6割以上を海外からの輸入に頼っています。

つまり日本の食料自給率は40%以下という現実も、このコロナ危機でクローズアップされてきました。なぜでしょうか。実はコロナ騒動の裏で国家間の真剣な駆け引きが始まっているのです。「食料の取り合い」です。

これまでのところ、コロナに関わる報道のほとんどは直接的なリスク、すなわち健康・生命の危機に関する事柄(感染者・死亡者・医療崩壊など)が占めています。しかし、今後時間を追って、食料やエネルギーといった、これまで見えにくかった危機が顕在化してきます。

まず、なぜ食料の供給が危ぶまれるのでしょうか。4月21日、主要20カ国・地域(G20)の農相は臨時のテレビ会議を開き、コロナの影響下において食料の国際的な貿易体制を堅持するとの声明を発表しました。これは、既に一部の国で起きている小麦やトウモロコシなどの囲い込みに対するけん制でした。

食料は人々の生活になくてはならないものであり、お金には換えられない絶対的なものです。特に小麦に対して、その世界的な供給国であるロシアとウクライナが輸出を制限し、カザフスタン、キルギスなどが続きました。また、ベトナムは米の輸出を制限しました。

それは、自国内への流通を最優先し、国内での価格高騰を抑えるためです。世界の食物流通が停滞する可能性があるとしたら、まず自分の身を守ろうという保身の政策です。または、石油などと同様に流通をコントロールすることで価格をコントロールしたいという意図もあるかも知れません。

このような動きはエネルギーについても全く同様です。特定の供給国に頼っている点(国内生産では賄えない)、当然囲い込みが発生し得る点、歴史が証明している通り供給国の意向により価格を変動・操作し得る点、我が国は船舶で輸入する以外の手が残されていない点、そして我が国の原子力発電がほぼ停止している今、発電用燃料として大量に消費しているLNG(液化天然ガス)は長期保存できない点など食料と多くの点で共通しているのです。

ただし、今エネルギーに関して起きていることは、需要が激減してしまったことによる危機です。エネルギー供給というものは不足しても、供給過多になっても危機となり得るのです。なぜでしょうか。


(4)コロナとエネルギー資源の暴落
~エネルギー資源の暴落は何を引き起こすのか~


コロナの影響を考えたときに、今後エネルギー資源の輸出国は食料の様に供給を制限する可能性があるのでしょうか。また、需要についても、産業が停滞する中、エネルギー消費が大きく落ち込んでいることがどのような構造変化を呼び起こすのでしょうか。

需要の減少により、石油販売を国の収入の糧にしていた産油国の収入は激減しています。これに応じて、原油価格も暴落しています。例えば世界最大の原油輸出国であるサウジアラビアの2020年国家予算は1バレル80ドルで売ることを前提として組み立てられています。


原油価格の下落
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(出典:資源エネルギー庁ウェブサイト


ここで考えなければならないことは、エネルギー資源の供給は食料よりもさらに需給バランスが取りにくいという点です。例えば食料の様に新たに「作り出す」ことができません。原油や天然ガスといった一次エネルギーは作り出すことが出来ません。他の鉱物と同様です。鉄鉱石や石灰石などを人工的に、工業的に作り出すことは不可能です。

そして、石油・天然ガスなどエネルギー資源は価格が下がっても需要が増えることは有りません。なので、産油国は協調して原油価格が下がらないように生産調整を行うわけです。言い方を変えれば輸出の調整です。

このように需給バランスを失ったエネルギー資源は行き先を失います。

2020年4月に入って、日本についでLNGの輸入量の多い中国は、LNGの輸入を停止していると報道されています。通常は需要の変動を予測して自己責任で契約を行うのですから、需要が下がっても契約しただけのLNGは購入しなければなりません。これが石油もLNGも共通の世界ルールとなっていますが、今回の事態は「不可抗力」であるとして、受け入れも支払いも拒否している可能性があるとのことです。

そもそも、LNGは長期間貯蔵することが出来ませんので、必要な時に必要な量だけを調達するという綱渡りを続けてきました。突然、需要がなくなり、受け入れるタンクも既に満杯だとすると、タンカーが行き先を失うだけでなく、バイヤー、すなわちエネルギー事業者は巨大なリスクを背負うことになります。

では、LNGの生産を石油の様に調整して、生産量を減らせば良いではないかと考えがちですが、LNGはそれも出来ないのです。

日本が発電の燃料として使用するLNGは天然ガスを液化したもので、海を渡って大量に輸送するために液化することが必要です。しかし、液化するには-162℃という極低温にする必要があり、液化装置は非常に高価なものとなります。このため、液化設備の事業主は15年や20年といった長期間でのLNG取引を買い手に求めるのです。

さて、行き場を失った石油・天然ガスはどうなるのでしょう。今月(2020年4月)ついに、史上初めて原油価格がマイナスになりました(米国原油先物市場(WTI)で1バレル当たりマイナス37ドル)。引き取ってもらう代わりにお代を支払うわけです。まるで廃棄物の様な扱いにまで転落してしまいました。

また、米国ではシェールガスの井戸元での価格がやはりマイナスになるという事態が発生しています。

世界の至る所で、前代未聞の事態に見舞われているエネルギー産業はコロナの影響をどの様に吸収し、変わっていくのでしょうか。本シリーズでは多面的にコロナ危機の影響を考察していきます。


つづく


株式会社 ユニバーサルエネルギー研究所 代表取締役社長 金田 武司 氏

工学博士。東京工業大学大学院エネルギー科学専攻博士課程修了。(株)三菱総合研究所勤務を経て、2004年(株)ユニバーサルエネルギー研究所を設立。2018年8月に新著『東京大停電』を出版。

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