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── 福島第一原子力発電所の事故の概要について改めて教えてください。

奈良林 まず津波によって非常用ディーゼル発電機、配電盤、バッテリーなどが海水で濡れてしまい、そのため原子力発電所のいろいろな計測制御が非常に困難になってしまいました。そして炉心冷却もままならない状況に陥ってしまった。さらに加えて残念だったのは、例えば、1号機は非常用復水器(IC)という強力な冷却機能を持った機器が付いていたにもかかわらず、その機能が十分に発揮できなかったことです。それから3号機でも格納容器のベント(排気)がなかなかできないなど、主蒸気逃がし安全弁(SR弁)が開かないなどの事態が生じました。


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提供:奈良林直氏


そして最後に、2号機の格納容器が気密性を失ってしまい、大量の放射性物質を外に出てしまいました。2号機でもベントラインにあるラプチャーディスク(破裂板)が破裂しなかったのです。本来、ベントできれば、これだけひどい状況にならなかったと思いますが、これらの機器が運転員の思うとおりに操作できなかったことが、さらに輪をかけて事故を拡大してしまい、地元に大変なご迷惑をかける事態になってしまったと私は見ています。
ですから、単に津波で濡れただけということで事故を評価するのではなくて、日々の備えがなかった、必要な機材がそろっていなかったなど、こういったことが大きな反省点だと思います。
事故の概要を簡単に言いますと、そういったところに集約されるのではないかと思います。



国会事故調に比べ政府事故調はかなり正確な分析をしている


── 報告された政府と国会の事故調報告書を原子力の専門家としてどのようにご覧になっていますか。

奈良林 国会事故調査委員会(委員長/黒川清・元日本学術会議会長)、政府事故調査委員会(委員長/畑村洋太郎・東京大学名誉教授)の両報告書は、両者とも主張のもともとの部分は、私も参加していた原子力安全・保安院(現原子力規制庁、以下保安院)の「福島第一原子力発電所事故の技術的知見に関する意見聴取会」の報告書をベースにしています。


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書店に並ぶ「国会事故調報告書」


地震のときに配管破断が起きたかどうかの見解が大きく分かれています。特に国会事故調では意見聴取会に出ていた「0.3平方センチメートル以上の配管破断はなかった」というのを「0.3平方センチメートルくらいの配管破断があったのではないか。それが地震の後、拡大して原子炉が減圧した」と主張していますが、私から見たら、そこがおかしくて、その点については政府事故調のほうが正確だ、と思います。
その理由は、「配管破断は格納容器の圧力、温度から最大でも0.08平方センチメートルしかない」という記載があり、それからすると、冷却材喪失事故の範疇に入らず、単なる漏洩になってしまう。そこを無視して国会事故調は結論づけているので、事実を無視した非常にひどい報告書だという見解を私は持っています。
政府事故調はかなり冷静な分析をしていまして、意見聴取会に出ている知見以上に調査権がありますので、東京電力から詳しいデータあるいは意見聴取を行っています。そこの中に、私もかなり参考になるところがあります。
特に減圧をした事象で、東京電力の事故報告書には「SR弁の下のところでガスケットの漏洩があった」ということですが、特に3号機について政府事故調のほうは本文ではなく添付資料に詳細なデータが出されています。ベントや減圧に関するところです。原子炉のSR弁の配線が接続されて減圧するタイミングの前に実は原子炉が減圧していることを確認しています。これは非常に大きな知見になりますが、原子炉の空焚きによって炉内に高温の蒸気ができて、これがSR弁に取り付けたフランジのところのシール性を失わせて、そこから大量の蒸気が出たのではないか、と指摘しています。
国会事故調の言う通り、地震で物が壊れたとすると、耐震補強工事をこれからもやらないといけないのですが、これは全く間違っています。


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提供:奈良林直氏


政府事故調の結論によると、格納容器の中に高温の水蒸気が出た、あるいはSR弁の中に蒸気が出たということですが、この対策としては、炉心にしっかり注水をする、格納容器スプレーをして格納容器の中の温度を下げる、それから格納容器の外側を冷やす対策をする、こういうことをしっかりしなければいけないのです。
これは、私も参加していた保安院(当時)の意見聴取会の30項目の対策の中にすでに全部入っています。ですから、両事故調の報告書が出ましたが、30項目の対策をしっかりとっていくことで対策がとれます。それをいかにシステムあるいはハードウエアとして、しっかり実現するかが今一番大切なことだと考えています。


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提供:奈良林直氏


特にSR弁に関しては、今回なかなか開かなかったことがあります。これについては、シリンダーの中のピストンを窒素圧で押し上げるような構造になっていますが、格納容器の内圧が上がってしまうと、そのシリンダーを押し上げる力が弱まってしまい、なかなか開かなくなってしまうのです。
この対策としては、早くベントしなければいけないのです。公開された東京電力のビデオの中でも「早くベントをするか」「早く減圧するか」ということで、福島第一発電所の吉田所長(当時)と安全委員会の班目委員長(当時)の見解が異なっていました。まずベントをして格納容器の圧力を下げることを先にして、そしてSR弁を作動させる、という手順にしなければいけません。


── 事故調査報告書からみた改善点、課題などを教えてください。また、事故以降、各発電所ではどのような安全対策を施しているのでしょうか。

奈良林 昨年の4月、5月あたりに保安院から指示が出たのは緊急安全対策です。津波に対して、いろいろな機材を用意する、そういう観点で全交流電源喪失も仮定した上でしっかり対策をとるように、と。これはアクシデントマネジメントと言って、「事故が起きたときに、いろいろな手段を講じて事故を収めるようにしなさい」という考え方の下に出された指示です。
止水対策、つまりドアの気密性を高める、高台に電源を設ける、がれきを除去する機材をそろえるなどのほか、消防車あるいはポンプ車を移動して、海水あるいは水を溜めた容器を地下に埋設したりして水源を確保した上で、原子炉に注水できるようにする対策は、ここ1年くらいずっと保安院の指示の下に整備されてきています。
それがどれぐらいしっかりとられているか、対策をとる前ととった後で発電所の対津波あるいは地震に対しての耐性がどのくらい向上したかが、ストレステストの一次評価になっていました。
ところが、この夏に最終報告された政府事故調、国会事故調の両事故調は、これらの対策についてほとんど指摘していません。事故の分析も不十分で、「あとは専門家がやってください」となってしまっています。しかし、これはしょうがないのです。国会事故調も政府事故調も原子力の専門家がほとんど入っていないと言ってもいいです。東京大学の越塚先生以外はほとんど素人の方ですので、しっかりした対策まではなかなか提言ができない。「政府の対策をしっかりやらなければいけませんよ」、そういう指摘は両事故調の報告書ともに書いてありますが、事故の知見に基づいた対策は書いてありません。
対策は、保安院の意見聴取会の「福島第一原子力発電所事故の技術的知見」の報告書にしっかり書いてありますし、30項目の対策案がまとめられています。
その中で重要なのは、止水対策ですが、各発電所では、すでに30メートルくらいの標高のところに電源が確保されています。そうしますと、もともと原子力発電所にしっかり設置されている工学的安全施設、ECCS(非常用炉心冷却装置)のポンプが使えるようになります。ですから、ポンプが置いてある部屋の止水対策をしっかりすれば、電源とポンプで原子炉に高圧の注水をしたり、格納容器を冷やすためのスプレーなどが使えるようになります。


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提供:奈良林直氏


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提供:奈良林直氏


現段階でそこまできていますので、各発電所の炉心を損傷から守る、事故を起こさない、事故を食い止めるという対策は格段に改善されています。そこが、マスコミに報道されていないのが非常に残念です。本来マスコミは報道する義務があるのにそこが報道されないまま「再稼働して大丈夫か」の議論になってしまっているので、「対策がとれた上での再稼働ですよ」ということをしっかり主張していかなければいけないと思います。
さらに中長期的に取り組まなければいけないのは、一つは防潮堤です。これは土木工事ですから時間がかかります。1キロにわたってずっと高さ15メートルを超えるような防潮堤をつくる、という電力会社がいくつかあります。


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提供:奈良林直氏


また、フィルター付きベントと言って、格納容器からの放射性物質を漉し取るベントは、今、各電力会社が設置の準備を進めています。発注したところもある、と聞いています。このベントが付くと、放射性物質を1000分の1あるいは最近の性能の高いものは1万分の1まで漉し取って、水素や水蒸気を排気できるようになります。
こうなりますと、深層防護の観点から、万一想定外の事象があって炉心が損傷した場合でも、フィルター付きベントで放射性物質を漉し取ってベントできるようになりますから、格納容器の破損も防げますし、放射性物質の地元への飛散も大幅に低減できます。
以上が、これからしっかりとっていかなければいけない対策です。


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提供:奈良林直氏


事故後の安全対策を原子力規制庁はしっかり審査して国民に説明してほしい


── 安全対策は様々進められてきているようですが、再稼働に向けての課題は、どういったことになるのでしょうか。

奈良林 保安院によって、すでに施設の一次評価が終わったプラントがかなりあります。さらに新しくできる原子力規制庁による審査が行われると思います。これをやはり早く進める必要があると思います。
一次評価など、これから新しい規制庁が行う審査の違いをよく考えなければいけません。一次評価はあくまで緊急安全対策で、炉心損傷を防ぐ、注水をしっかりする、などということが目的でした。現段階でしっかりした止水対策がとれて、工学的安全施設としてのECCSのポンプが使えることになると、高台の電源と組み合わせた工学的安全施設の運用が可能になります。ですから、事故のときにしっかりした電源と高圧の注水ポンプあるいは格納容器スプレーを使った炉心冷却、格納容器の冷却ができるようになります。
そのため、今まで地元の方が不安に思われていた、「津波がきた後に本当に速やかに消防車でホースを使って原子炉に注水ができるのか」「真夜中でもできるのか」、北海道ですと、「冬の豪雪の中、吹雪の中でも同じように作業ができるのか」、そういったことが、すでに設置された電源あるいは高圧のポンプ、格納容器スプレーを使ってできるようになります。
そのような観点の安全性がどのくらい高まったか、ということを新しい原子力規制庁にしっかり確認していただく必要があるだろうと思います。その審査結果を国民に向かってしっかり説明していただきたいと思います。それがあって初めて地元の理解が得られて、再稼働ということになると思います。
今まで事故の原因が詳しく説明されてないですし、対策がこういうふうにとられたという報道もほとんどされない中で、総理あるいは大臣が地元に行って、知事さんに「再稼働してください」、知事さんは「わかりました」となると、事故の原因も対策もはっきり説明されない中で地元の首長さんが政府に説得されて動かしてしまった、という図式になっていました。
しっかりした対策がとられて、原因もかなりはっきりして、そういった対策が有効であることを新しい規制庁がしっかり審査して、それを国民にしっかり説明していただきたい、と思います。これが新しい規制庁に対しての私の要望です。


── 今回の事故を教訓に今後、国内外に向けて日本はどういった情報を発信していくべきなのでしょうか。

奈良林 これから技術的にしっかり確認していかなければいけない項目も残っていますが、かなりの部分がはっきりしましたので、今後も情報発信をしっかりしていく必要があると思います。
特に事故の原因、それに対して必要な対策は、例えば、炉心の注水をしっかりする、減圧をしっかりすること。それから格納容器をしっかり冷却する、そしてフィルター付きベントです。それから高台の電源車など、いろいろなポンプを使った冷却などを総合的に評価して、安全性がどのくらい高まったかを国民の皆様にしっかり説明するとともに、「原因と対策を日本はしっかりとりました」ということを世界に向けて、きちんと説明していく必要があると思います。
福島第一原発事故後、アメリカのNRC(原子力規制委員会)は「フィルター付きベントをすべての沸騰水型原子炉に設置しなさい」という指示を出しました。それから今後、加圧水型原子炉についても対策が指示されると思います。
ヨーロッパについては、「フィルター付きベントの性能をさらに上げなさい」と打ち出されていて、フランスでは、今フィルター付きベントが付いていますが、「さらに高性能のものに取り替えるように」との指示が出ています。


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提供:奈良林直氏


いろいろな国々が福島の知見を通じて原子力発電所の安全性向上を図っていきますので、決して福島の事故を無駄にすることなく、世界中の原子力発電所に知見を適用して安全性を高めて、二度と福島のような事故を起こさない、ということをしっかり世界中に徹底する必要がある、と思います。


── 日本原子力学会でも事故調査を始めたと聞きましたが。

奈良林 私を含めて、今、原子力学会の専門家が、専門家としての事故の原因の究明、それから今後の対策に取り組んでいます。
昨年の4月から原子力学会の中に原子力安全専門調査委員会が発足しまして、その中で事故の技術的な分析やマスコミへの解説を行ってまいりましたが、原子力学会のすべての部会が取り組むという体制に、この8月にしまして、これから来年(2013年)12月まで専門家集団として福島事故の原因究明、福島の環境修復も含めた取り組みを学会を挙げて実施することになりました。私もそのメンバーの一員としてしっかり取り組んでいきたいと思っています。




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(2012年9月6日)

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