福島第一事故情報

原子力全般

事故でわかった原子力安全の課題とは

東京大学大学院教授 岡本 孝司 氏 (おかもと・こうじ)

1961年 神奈川県生まれ。東京大学工学部原子力工学科、大学院工学系研究科原子力工学専門課程修士課程修了後、三菱重工業(株)に入社。88年東京大学工学部助手、2004年東京大学大学院工学系研究科教授、05年同大学院新領域創成科学研究科教授。11年4月より同大学院工学系研究科原子力専攻教授。専門は、可視化情報学、原子力安全工学、原子炉熱流体工学など。

── 電源喪失から環境に深刻な影響を及ぼすことになった事故の原因について教えてください。

岡本 原子炉では、核分裂反応が止まった後も崩壊熱(ウラン燃料の核分裂で発生した放射性物質が出す放射線のエネルギーによる熱)と呼ばれる大量の熱が発生しています。そのため、原子炉が止まった後も常に水をかけて冷やす、これが基本になっているのです。
ところが、一番事故の状況が厳しい1号機は、電源がなくなったことにより、水を入れるポンプが止まり、原子炉が冷やせなくなってしまいました。これが今回の事故の一番大きな原因と考えています。
実は、電気がなくても原子炉を冷やす仕組みが、最後の砦のような形で原子力発電所すべてのプラントに付いています。1号機の場合も、IC(非常用復水器=原子炉内で発生した蒸気を水に変えて原子炉を緊急的に冷却するための装置)と呼ばれる、電気がなくても原子炉を冷やす装置が付いていたのですが、残念ながら電源がなくなったことによって、このバルブが閉まってしまったのです。
元々の設計が「電源がなくなったらバルブを閉めよう」というものであったため、設計どおりには動いたのですが、その設計自体が今回のような厳しい事態を想定したものではなかったのです。バルブが閉まったことにより、原子炉を冷やす手段が失われてしまいました。
つまり、設計時は、今回のように、直流電源、交流電源を含めて、すべての電源がなくなるということを想定していなかった。これが非常に大きな問題だったと思います。
このことによって原子炉が冷やせなくなり、原子炉の温度がどんどん高くなっていきました。核分裂ではなく、崩壊熱と呼ばれる放射性物質が崩壊していくときに発生する熱によって燃料がどんどん熱くなっていって、被覆管や燃料の入っているチューブを破り、さらには燃料が溶け出して、下に溜まりました。しかし、まだ燃料は発熱していますから、原子炉容器という非常に厚い鋼鉄製の容器を破って、さらに外側の格納容器にまで出てしまった。この格納容器も冷やせなかったものですから、高温高圧になって、そこから放射性物質が大気中に放出されてしまったのです。
とにかく冷やさなければいけなかったのですが、冷やす手段が失われてしまい、燃料が溶け出して、燃料に含まれている放射性物質が環境中に出てしまったのです。
2号機、3号機は、別のRCIC(原子炉隔離時冷却系)という電源がなくても冷却できる装置が付いていて、時間的には2、3日冷却が続いていました。しかし、そのRCICも最終的には電池が必要だったため、冷却装置が動かなくなって、その後は1号機と同じことになってしまいました。
それぞれ時間は違いますが、1号機から3号機まですべて核分裂が終わった後の燃料を冷やせなかった。このことが主な原因で、環境中に放射性物質が大量に放出されてしまったのです。



基本的には全部電源がある程度あるという前提の対策だった


── 日本の原子力発電の安全対策には、何が欠けていたのでしょうか。

岡本 日本だけではなくて、世界中の原子力発電所は、非常に危険な放射性物質を大量に内包しています。このため、安全に対しては多重、何重にも防御をしようという以下のような思想が貫かれています。


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深層防護(Defense-in-Depth) 提供:岡本孝司氏


これは深層防護あるいは多重防護と言い、IAEA(国際原子力機関)の定義によれば、5層の深層防護、5つの層から成っています。
1層から3層までは設計で対応するということになっていて、具体的にはいわゆるECCS(非常用炉心冷却装置)など、様々な装置が整備されていることによって、多重、多層に防護がされていたのです。
そして、今回のようなシビアアクシデント(想定される安全設計を大幅に超えて、炉心の燃料に重大な損傷を与える事象)と呼ばれる原子炉が溶けてしまう状態になっても、何とか対応するための対策を考えておくのが第4層です。
今回の福島第一の事故のように環境中に放射性物質が放出されてしまった場合でも、人々の生命に危険が及ばないように対応しようというのが第5層です。
今回の事故では、電源を失い、原子炉を冷却できなくなったので、第3層までは簡単に突破されてしまいました。しかし本来であれば、電源がなくなり、冷却ができなくなるようなシビアアクシデントが起こった場合でも原子炉を守りましょう、という対策が第4層で取られているはずでした。
東京電力もこの間公開しましたが、あらかじめ非常に分厚いマニュアルもつくられていて、対策は取られていたのです。しかし、残念なことにその対策は、基本的にはすべての電源がある程度ある―電源がない場合も想定されてはいるが、その場合でも蓄電池、直流電源はある―ということが前提だったのです。
ところが、福島第一の1号機と2号機については、直流電源までなくなってしまいました。3号機は直流電源がありましたが、そのような非常に厳しい状態は考えられていなかった。ここが一番大きな課題だったと思います。
深層防護とは、いろいろな対策を取るけれども、その対策がうまくいかなかったときに次の対策を取りましょう、その対策がうまくいかなかったときには、さらに次の対策を取りましょうと、何層にも対策して外に放射性物質が出ないようにすることです。
今回はシビアアクシデント(過酷事故)対策は考えていたのですが、残念ながらすべての電源がなくなるところまでは考えが及ばなかったということになります。
ただ、海外、例えばアメリカなどの場合は、9.11のテロなどがあったこともあり、「すべての電源が使えなくなった場合にどうするか」は、あらかじめそれなりに検討はされていたようです。公開されていないのでよくわかりませんが、そのような対策がある程度取られているヨーロッパの国々もあるようです。
運転員がすべての電源がなくなったときにはどうすればいいかということをあらかじめ把握していれば、今回のような場合でもそれなりの対応ができた可能性はあります。
今回はその考えが少し足りなかったことによって、残念ながら第4層が突破されてしまい、第5層に至り、福島の方々に避難命令が出て、避難するという形を取らざるを得なくなってしまったのです。
ちなみに、第4層の対策がうまくいった例もあります。それは福島第二原子力発電所でした。福島第二も設計の条件は超えてしまいましたが、非常用ディーゼルが幾つか動いていたことや、外部の電源もあったことなど、いろいろなことが幸いして、シビアアクシデント対策を取った結果、福島第一のような厳しい状況にはならずに安全な状態で停止するに至りました。
ですから、今まで十分だと思っていた第4層をさらに充実させることが非常に重要な今後の課題だと思っています。


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深層防護(Defense-in-Depth) 提供:岡本孝司氏



圧力があがったら電気がなくなっても自動的に圧力を逃がすのがフィルター付ベント


── 事故を踏まえたフィルター付ベント装置など、今後進められる過酷事故対策について教えてください。

岡本 まずフィルター付ベントですが、これは格納容器を守ることが最終的な目標になります。格納容器は最後の砦です。格納容器の中に放射性物質が閉じ込められている限りは、放射性物質は環境に出てきませんので、それなりの安全が保たれるのですが、格納容器から放射性物質が外に出たら、今回の福島第一の事故のようになってしまうのです。
格納容器は温度と圧力が高くなることによって壊れます。それ以外にも幾つか格納容器が壊れる要因はありますが、その二つが主な要因として考えられています。
圧力が上がったら、安全弁(ベント)のようなもので外に圧力を逃さなければいけないのですが、ベントを開けるには電気が必要でした。ここで、自己矛盾的なことになりますが、電気がないときにはベントラインも使えない、という非常に厳しい条件になってしまったのです。
そこで、圧力が上がったら、ある程度自動的に外の環境に圧力を逃がすのがフィルター付ベントの一つの考え方です。
今回のように、炉心から出てきた非常に大量の放射性物質が、格納容器からそのまま環境に出ていったら周りを非常に汚染してしまいます。そこで、格納容器内の放射性物質をフィルターで漉し取って、圧力が高くなったときに自動的に外に圧だけを放出しよう、というのがフィルター付ベントの仕組みです。
他にもいろいろな方法があり、例えば、スイスなどではアルカリ性の水を張っておいて、そこに高圧の放射性物質をいっぱい含んだ空気を通すと、セシウムやヨウ素などが1万分の1になる、という性能のものが付いています。
福島第一の事故では、放射性物質が大量に放出されてしまいましたが、その1万分の1に放出量が下がれば、単純にいえば、今100ミリシーベルトもあるようなところが、年間10マイクロシーベルトですから、ほとんど放射能の影響がなくなり、遠くまで避難する必要がなくなります。
このフィルター付ベントが福島第一に付いていれば、今回のような広い範囲の避難はほとんどなかった可能性があるのです。
ですから、今後日本の原子力発電所すべてにフィルター付ベントを設置しようとしています。万が一、格納容器の中の汚れた空気を外に出す場合でも、きれいにして出すということで、今回のような過酷な事故にはしないための対策が取られる予定です。
そのほかにも、電源がなくなって原子炉を冷却できなくなることを避けるために、直流電源を強化する他、電源車を配備するなど電源を多重化し、とにかく電源をなくさないようにすることが一番重要な対策の一つだと思います。

── 今後、国や事業者が原子力の安全を確保していくための課題はなんでしょうか。

岡本 まず短期的には、もう二度と福島第一のような事故を起こさないために、しっかりと防御を行い、今取れる対策はすべて取るということが重要だと思っています。保安院や原子力安全委員会などで議論されていますが、福島第一がどうしてあのような過酷な事故になってしまったのか、知見を得ながら、30項目の対策が提案されています。その中から非常に有効なものをしっかりと取り入れて、できる対策をすべて行うことが重要です。
その上で、ストレステスト(想定以上の津波や地震が起きた場合の安全の裕度を評価すること)によって、その対策がどれだけ有効なのかを確認していくことが必要になります。
ストレステストでは、対策の有効性だけではなく、それぞれの発電所でどの程度まで余裕があるか、耐力があるか、もしくは弱点がどこにあるのかといったことが見えてきます。弱点を克服して、どの程度まで発電所が余裕があるのかを明確化する、「見える化」していくことが重要だと思っています。
その作業は現在、保安院や事業者中心に行われていますが、まず短期的に、安全を確認していくことが重要です。
中長期的には、法律の改正も含めてやるべきである、と考えています。
具体的に今、閣議決定された法律の審議が幾つか国会で始まろうとしています。先ほどのシビアアクシデント対策、1層〜5層の深層防護でいうと、4層の部分の安全対策を充実させていくことが非常に重要な問題だと思います。
ただ、短期でも中長期でも同じですが、規制側、事業者側ともに安全上重要なものに集中して対策を取ってほしいと強く思っています。安全上重要でない、もしくは間接的に安全には寄与するが、直接的ではないものは若干後回しにして、本質的に安全を確保するために重要な部分に対するしっかりとした対策、もしくは規制をしていただきたい、と思います。
例えば、いろいろ報告書などに誤字・脱字があるというようなことが、問題になっているようですが、誤字・脱字は安全上本質ではありません。間接的には、安全文化などの絡みで効いてくる可能性はありますが、そのようなことではなく、出てきた報告書の中の「本当の安全」をしっかりと評価していくことが重要です。そこにこそ規制なり事業者なりの力を集中しないと、また安全が確保できない可能性があるのではないかと非常に危惧しています。
もう一つは、安全上重要なことを継続的に対策として取っていく中で、新しい知見をどんどん反映していく仕組みをうまい具合につくっていくことが重要です。これは継続的改善と言いますが、今回の福島の地震なども、今までは地震学者の間で想定されていなかったような規模で起きてしまいました。その新知見を規制なり安全にどう反映していくかが重要になります。
起こった後にわかるのですが、例えばスマトラの津波や貞観の津波、こういう新知見を規制や安全に反映しなければいけないと思っていた人はいたと思います。しかし、残念ながらそれが大きな動きにつながらなくて、今回のようなことになってしまったことが大きな反省点としてあります。
自然現象を含めて、世界中で起きたいろいろな事故・トラブルによる新知見をどんどん安全上重要なところに適用していく、継続的改善を行っていく、この姿勢が事業者、規制側に非常に求められているのだと思います。


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IAEA原子力プラントの安全(提供:岡本孝司氏)



しっかりと反省して危機管理体制をつくり上げていかなくては


── 防災対策も事故の経験を踏まえた見直しがされるのでしょうか。

岡本 事故が起きた後の対応は、福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)などからも非常に厳しい指摘を受けているようですが、危機管理がほとんどなされていなかったのではないか、と言われています。それに対しては今後しっかりと反省をして、危機管理体制をつくり上げていかなくてはいけない、と思っています。
緊急避難については、それなりに機能して、被ばくを最小限にできたのではないかと思っていますが、特に住民の方々への広報という意味では、情報の混乱や指揮命令系統の混乱、オフサイトセンターが地震で使えなくなったなど、いろいろ課題は山積しています。
何とか、住民の方々の機転によって人命を失うようなことには至らなかったとは思っていますが、一つ間違えば人命を失うようなことも起こり得たかもしれません。事故後一年経ってもまだ避難生活をしている方が多くいらっしゃる、このようなことも想定しながら危機管理を考えていかなければいけないのに、その部分も不十分であったと思います。
今、原子力安全委員会を中心に「防災をどう見直すか」と議論が進んでいます。
先ほどの深層防護の4層の部分を充実させることは技術的にはできますが、その先の5層の防災の部分をどう充実させていくか、これが非常に重要です。4層をしっかりやれば5層をやらなくていい、ということは絶対ありません。深層防護の思想には反していますので、「4層を手厚くやった上で5層をきちんとやる」と考えていかなくてはならないと思っています。
その意味では、指揮命令系統は国でしっかり考えていただくのが良いと思います。私は個人的には自衛隊などとの連携も含めて考えるべきではないか、と思っています。このあたりはいろいろな考え方もあると思いますので、今後議論が進んでいくだろうと思います。
緊急時の避難については、今までも住民の方を巻き込んだ訓練はやられていたのですが、現実問題としてとらえて避難訓練を行うなど、対策をしっかり考えていくことが重要になると思います。
事故は起こるということを前提に、その上でどうやって避難すればいいか。それも時間との兼ね合いになってくると思いますが、早く避難する場所、それから状況を見ながらゆっくり避難する場所、そのあたりを情報が混乱しないような仕組みをうまくつくり上げることが重要です。その情報をベースに、国や県知事、市長などが、指揮命令系統をちゃんと明確化していくことが5層の防災の充実には必要だろうと考えています。



若手の専門家を教育していかなくては今後の原子力安全は厳しい

── 今後の人材育成には、どのようなことが重要でしょう。

岡本 人材育成は非常に重要な取り組みで、二つの視点があると思います。
一つは、比較的短期的な視点での人材育成です。
シビアアクシデントに関する研究は、1978年のアメリカのスリーマイルアイランド原子力発電所事故の後に非常に発達しました。しかし、2000年以降はほとんどされてきていませんでした。
このシビアアクシデントを理解するために、専門家をしっかりつくり上げることが必要になってきます。今、議論している専門家の中では、私が一番若いくらいで、もっと若手の専門家をしっかりと教育してつくり上げていかなくては今後の原子力安全は厳しいと考えています。
大学だけではなく、事業者や規制側も含め、これが短期的な課題としては一番重要だと思っています。
東京大学は原子力国際専攻という通常の修士課程、博士課程を持つ専攻と、原子力専攻という専門職大学院、主に社会人の学生の方に1年間で原子力をしっかり学んでいただく2つの専攻をつくり、専門家を育てる取り組みをしています。今後その取り組みをさらに充実させていかなくてはいけないと考えています。
もう1点は、中長期的な視点での人材育成です。人材は、一朝一夕ではできません。例えば、福島の廃炉を考えても30年、40年はかかります。世界の原子力の動向を考えても、今後どんどん中国やインドをはじめ、様々なところで原子力を使っていこうという動きもあります。そういう中で原子力を理解する人材をしっかりと養成していかなくてはいけません。
もちろん、運転員や事業者の中でメンテナンスをする方々などをしっかり育成していくことも重要ですし、そういう方々に今回のシビアアクシデントのような条件についてシミュレーターなどを使っていろいろ訓練をしていくことも重要だと思います。しかし、それよりも私はもう少し長い目で見て、日本人が「科学立国をする」という意味で、原子力に対するしっかりとした教育をしていかなくてはいけないと思います。
放射線一つとっても、残念ながら放射線を怖いと思っている方が大多数で、「正しく怖がる」ことができるためには、しっかりとした長期の教育が非常に重要です。「科学立国をしていこう」という日本の戦略の中では、子供から大学生まで含めて、原子力に直接関係ない人々への教育も重要な課題であると思っています。



 

(2012年3月7日)

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