福島第一事故情報

放射線による環境への影響

食品の安全をめぐる多くの「誤解」

食の安全・安心財団理事長 唐木 英明 氏 (からき・ひであき)

1941年 東京都生まれ。倉敷芸術科学大学学長、東京大学名誉教授。農学博士、獣医師。東京大学農学部獣医学科卒業後、助教授、テキサス大学ダラス医学研究所研究員などを経て、東京大学教授、同大学アイソトープ総合センター長、日本学術会議副会長などを歴任。内閣府食品安全委員会専門委員なども務めた。『食品の安全評価の考え方』ほか著書多数。

── 6月に、菓子類などに含まれるアルミニウムの添加物について使用基準を定めて規制する、との報道がされました。食品に含まれる様々な化学物質や金属類などのリスクはどう考えたらいいのでしょうか。

唐木 アルミニウムに限らず、すべての化学物質に共通している原則があります。化学物質の人体に対する作用は「用量作用関係」つまり、量と作用の間に関係があるという原則です。化学物質は量が多ければ毒性も強い。量を減らしていけば、どこかに毒性がない量があります。
これを「無毒性量」と言って、実験動物で確認するのですが、この量に安全係数を一般的に100掛けます。なぜかというと、動物と人間は感受性が違う可能性があるため、10倍。また老若男女、そのほかで違いがあることを考慮して10倍。これらを合わせて100倍の安全係数を掛けて、「1日摂取許容量」を出しているのです。
1日摂取許容量は「しきい値」とも言われ、それは、化学物質が細胞に作用をするか、しないかの限界の値で、それ以下であれば細胞には一切作用しないという値です。つまり、しきい値以下であれば、一生の間毎日食べ続けても安全だということになります。



photo_karaki1

量と作用の関係(用量作用関係) 提供:唐木 英明 氏



食品安全委員会は1日摂取許容量を決定して、これを厚生労働省に知らせます。厚労省はあらゆる食品の中に、例えば、アルミニウムがどれだけ入っているのか計算して、それを老若男女すべての人が食べても1日摂取許容量の8割を超えないように、食品別の基準を決めるのです。その量が「規制値」です。ですから、食品別の基準や規制値は1日摂取許容量よりずっと少なく、厳しく決められているのです。
また、食品衛生法によって、規制値を超えたものは流通・販売が規制され、回収廃棄になります。しかし、それは危険だから廃棄になるわけではないのです。危険か安全かは、「1日摂取許容量」を超えるかどうかで決まるのです。そして、この量を超えてもまだ100倍の安全係数がかかっているのです。
今回の規制の対象となったアルミニウムの場合は、ほとんどの人は大丈夫ですが、一部の子どもはパンなどをたくさん食べると1日摂取許容量を超えるアルミニウムを摂取する可能性があるため、勧告が出たということです。
1日摂取許容量を超えたら危険、ということではなく、「注意したほうがいいですよ」という勧告なのです。
1日摂取許容量を超えないほうが望ましいことは当然ですが、これを守るのは難しいこともあります。
例えば、「マグロやクジラは水銀が多いから、妊婦は食べる量に気をつけましょう」という警告がありました。あれも1日摂取許容量を超える可能性があるからです。魚は海水中に含まれている自然の水銀を濃縮しているのですが、そんな魚を私たちはずっと食べ続けてきて、何も起こっていませんね。ですから、「注意しましょう」程度で終わっているのです。
このように、1日摂取許容量は、これを超えたら大変なことになるという量ではないことを知ることがとても重要だろうと思います。
規制値あるいは基準値は、かなり厳しい予防の措置として値が決められているのですが、それが安全か危険かの境目であると考えられているのが化学物質に対する誤解で多いところです。



国の規制を信じないで他の何を信じるのか


── 規制値の「値」の意味を十分理解することが重要ですね。


唐木 実は、化学物質については、まだ誤解があるのです。
1つは、「化学物質は蓄積する。どんな微量でも毎日食べていたらどんどん体に溜まってしまう。だから恐ろしい」という誤解です。特に添加物についてはそう信じている方がたくさんいます。しかし、化学物質は体から非常に早く出てしまうのです。
人間や動物はこの世に生まれたときからずっと化学物質と付き合って来ています。自然の野菜や果物には多量の化学物質が含まれていて、その中には有毒のものや、薬や染料、香料などに利用されているものもあります。
多量に食べたら中毒になってしまう化学物質もたくさんありますが、私たち人間は何万年もそれらを食べ続けてきました。そして、進化の中で植物のもつあらゆる化学物質を短い間に排泄するような代謝機能を身につけたのです。主に肝臓が薬物を代謝して、尿の中に排出してしまうのです。
そのわかりやすい例が薬です。薬は、普通1日3回飲むでしょう。何のために3回飲むのか。薬は肝臓で代謝されて8時間で半分が尿に出てしまい、次の8時間で残りの半分が消えてしまうのです。ですから1日3回飲むと、やっと体内に有効量の薬が保たれる。そのくらい化学物質は早く代謝されてしまうのですから、蓄積する恐れはありません。
例外的に蓄積する化学物質もありますが、そういうものは農薬や食品に入れる添加物としは一切許可されておらず、薬としても非常に少数しかありません。
もう1つの誤解は「複合汚染」です。我々は化学物質を何種類も一緒に食べています。しかし、10種類、20種類を一緒に食べていたら、それらが体の中で反応して予想もしない恐ろしいことが起こるかもしれない、という誤解です。複合汚染は、薬の場合はあり得るのです。薬は体に効くような多量を飲みます。そんな多量を、何種類も一緒に飲んだら、体の中で互いに反応して、互いの作用を消し合う拮抗作用、互いに足し合う相加作用、強め合う相乗作用、などが起こり得る。でも、それは稀で、いつも起こるわけではありません。
ところが、規制値以下の微量の化学物質ではそんなことはあり得ません。というのは、しきい値以下では細胞に一切作用しないので、これを何種類飲もうと、相互作用も起こらないのです。ここでも量と作用の関係が生きてくるのです。
さらなる誤解は、「天然・自然こそ安全」というものです。しかし、天然や自然の植物には化学物質が非常にたくさん含まれていて、その中には発がん性物質もたくさん入っています。農薬や添加物に発がん性があれば、これは即時使用が禁止されるのですから、天然や自然のほうがむしろ危険ということになります。こうした点が化学物質に対する誤解の主なところですね。
このように、より安全側の観点で規制は行われています。「国の規制を信じないで、他の何を信じるの?」と思います。普段から、私たちは自然の化学物質、しかも発がん性の化学物質がたくさん入っているものを食べているのです。科学の知識を少しでももつことがとても大事ですね。



放射線のリスク管理は安全側に立って「LNT仮説」を採用している


── 量と作用の関係は放射性物質についても同じで、そこを客観的に見なければならないところがあると思いますが。


唐木 そうですね。
化学物質には毒性量と1日摂取許容量があるとお話しましたが、実は、例外があります。それは遺伝毒性発がん物質というジャンルの化学物質です。
この化学物質は、「遺伝子に傷をつけ、その傷は一度つけたら治らず、その傷はどんどん蓄積してひどくなり、ついにはがんを引き起こす可能性がある」という前提で考えられています。この前提は科学的には証明されていないのですが、安全のために、そのように考えるのです。そうすると、無毒性量がないので、1日摂取許容量は設定できません。許容量を設定できないものは使ってはいけないということで、全面使用禁止になるのです。
放射線は、そのような化学物質と同じように、遺伝子に傷をつけて、がんになる可能性を増やすと考えられています。その用量作用関係ですが、広島や長崎での被ばく者のデータから、「100ミリシーベルトの被ばくで、がんで死ぬリスクは0.5%増加する。100ミリシーベルト以上では、がんで死ぬリスクと放射線量は比例して増えていく。100ミリシーベルト以下では影響が小さすぎて詳細が分からない」ということが分かっています。では、100ミリシーベルト以下の影響をどのように考えるかというと、動物実験あるいは細胞などの実験から推測するしかありません。


photo_karaki2

放射線被ばくと健康影響 提供:唐木 英明 氏


何かの仮説がないと、100ミリシーベルト以下の放射線のリスク管理はできない。いくつかの仮説の中で、一番単純でわかりやすい、しかも安全側に立った仮説が「LNT仮説」(直線しきい値なし仮説)です。そのため、国際放射線防護委員会(ICRP)や国連機関はこのLNT仮説を放射線の線量管理のために採用して、「これに従って放射線の被ばく量をなるべく少なくしよう」としているのです。
しかし、これは安全側に立った管理のための仮説にすぎない、というところが忘れられて、科学的に証明された定説だと思い込んでいる人が多いのが現状です。
放射線は遺伝毒性発がん物質と同じように、しきい値がないと仮定しているのですが、現実の問題として、世の中に化学物質も放射性物質も存在している。それをゼロにしろと言っても、これは不可能です。
そのため、化学物質では実質的な安全性を図れるところを決めています。日本ではデータがないものについては一律基準として0.01ppmと決めているのです。放射線も、年間1ミリシーベルトまでなら一般に許容されています。



食の世界では福島事故以前に戻っている


── 食品の中の放射性物質の規制値が昨年4月から大変厳しくなりましたが、「あの値を少しでも超えたものは危ない」「流通しているものも心配だ」、という誤解もありますね。


唐木 これは説明してもなかなか理解していただけないし、頭でわかっても感覚的にいやだという人はたくさんいます。その経緯をお話しますと、福島事故のすぐ後に、年間5ミリシーベルトより少ない内部被ばくにしかならないように食品の暫定基準を決めたのです。これを食品安全委員会に諮問したら、食品安全委員会は「年間5ミリシーベルトは極めて安全な側の値である。10ミリシーベルトでさえ安全側の値である」という答えを出しました。
しかし、これは暫定基準の評価だったので、長期的な評価を依頼された食品安全委員会は、「生涯の累積線量が100ミリシーベルトを超えなければ安全だ」という答えを出した。これが実にわかりにくかったのです。
年間5ミリシーベルトが安全であるのは事実です。しかし、毎年5ミリシーベルトずつ食品から摂取し続けると生涯80年間で400ミリシーベルトになり、100ミリシーベルトを超える。多くの人がそう考えました。しかし、現実には、食品から年間5ミリシーベルトを摂取し続けるような状況は福島でもあり得ません。だから規制値は、「年間5ミリシーベルトからだんだん下げていき、最後は平常時の1ミリシーベルトにもっていき、トータルとして100ミリシーベルトを超えないようにすることが一番安全側の管理だ」と食品安全委員会は評価したのです。
ところが、当時の厚生労働大臣は、本当は少しずつ下げていくはずの規制値を一気に1ミリシーベルトに下げたのです。
この決定によって、今までは基準値以下だった福島の農産物が基準値超えになる可能性があり、風評被害が拡大するという批判がありました。


photo_karaki3

食品中の放射性物質規制値 提供:唐木 英明 氏


しかし、厚生労働大臣の決定は必ずしも間違いではないのです。食品安全委員会がやったのは「健康のことだけを考えたら、これで十分ですよ」というリスク評価です。厚労省がやることはリスク管理です。リスク管理は、本当はこれで十分であるが、国民の意向などを考えて、もっと厳しくしよう、と判断することがある。評価と管理は違ってもかまわないのです。
ここでまた誤解があるのです。あらゆる食品を食べて年間1ミリシーベルトを超えないように、食品ごとのベクレル単位の基準を決めたのが、昨年4月から実施している「規制値」です。一般食品に含まれるセシウム134の規制値100ベクレル/キログラムは換算すると0.0026ミリシーベルト/キログラムですから、「何キロ食べたら1ミリシーベルトになるの?」というくらいほとんど0に近い値なのです。
ところが、「廃棄物と食品の規制値が同じ100ベクレルとはけしからん」などという批判も出ています。どちらも実質的にはゼロなのに、あえてそういったアピールをするほうが受け入れられやすい、そういう時代なのですね。
科学的にみたら今の規制値は非常に厳しいし、これを超えるものは、水産物をのぞいて今ほとんどなくなっているのです。農水省が多くの食品を検査していますが、福島では山で採れるキノコなどの他は、50ベクレルを超える野菜などの農産物はないし、もしあれば出荷停止になります。
農水省のホームページの検査結果を見て、規制値を超えた食品が実際どのくらいあるのかを知っていただくことが重要だと思います。もう汚染したものはほとんど出ていないということをきちんと理解していただく。今は少なくとも食の世界は福島事故以前に戻った、ということなのです。

以下、農林水産省HPで検査結果を閲覧することができます。 http://www.maff.go.jp/j/kanbo/joho/saigai/index.html

(2013年7月23日)

この記事に登録されたタグ

このページをシェアする

  • Twitter
  • instagram
  • Facebook
  • LINE

関連記事

PAGETOP