福島第一事故情報

放射線による人体への影響

事故による放射線の人体への影響

東京大学医学部附属病院放射線科・准教授 中川恵一 氏 (なかがわ・けいいち)

1960年 東京都生まれ。東京大学医学部医学科を卒業後、同学部放射線医学教室入局。助手、専任講師などを経て2002年から現職。緩和ケア診療部長を兼務。『ビジュアル版がんの教科書』など著書多数。「週刊新潮」に『がんの練習帳』を連載中。

「team nakagawa」に24万人のフォロワーが


── 先生は福島第一原子力発電所の事故後に、インターネット上に「team nakagawa」を立ち上げられました。事故に関しての正しい医学的知識を提供する目的とのことですが。



中川 今回の放射能問題で、医者でも妻子を大阪、九州に移住させたというのがけっこうあるんです。医師を含めて、やはり冷静に見れていない。ですから、やはり正しいことを伝えるべきかなと……。
また、ここには医者だけでなく、医学物理士という、原子核物理あるいは原子力工学の専門家で放射線治療の現場に席を置いて活躍している人たちがいます。事故による放射線の影響などを専門的な立場から分析することができる人たちですので、この人たちに活躍していただかない手はないと、チームをつくって、情報提供をできればと思ったのですね。

そのTwitterでは今、24万人くらいのフォロワーがいて、大変大きな影響があると思いますね。
ただ、Twitterは一回当たり140字までなので、今は長い解説はブログで、Twitterではそこへ誘導する形をとっています。
24万人というと、こういうものに関心がない人たちもいて、悪口雑言、本当に品がない人の書き込みも多くて、その点は残念です。

── 事故情報の発信不足がかなり言われ、日本在住の自国民に帰国指示を出した国もあったりしたようですが。



中川 ある国の大使館員はみんな帰ったというのはひどい話で、むしろそちらのほうが批判されるべきだと思いますよ。
今回の事故の対応はなかなか難しいところがあります。政府の肩を持つわけではありませんが、80点はつけられると思います。そんなに間違ってはいません。
しかし、避難指示や屋内退避について言えば、例えば、放射性物質の拡散を予測する「SPEEDI」(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)のデータなどを見ると、拡散の仕方が発電所から同心円上の距離ではないんですね。対策が全く間違っているとは言えませんが、「ここは近いけど、安全だ」とか、「ここは遠いけど……」ということがあってもよかったかなと思います。
これに関しては、30キロ以遠でも、被ばく放射線量が積算値で20ミリシーベルトに達する可能性が出た地域については避難地域とすると、原子力安全委員会はようやく見直しをするようです。
ただ、現実的には、避難民の方を含めて、健康被害が出るとは思えません。心配されるのは、発がんリスクの上昇だけですが、それが観察されるような放射線量にはならないと思います。むしろ精神的なダメージあるいは社会的な差別を受けかねないことのほうが心配です。



暫定規制値はかなり安全を見込んだ数字だ


── 野菜や水道水で、暫定規制値による出荷制限や摂取制限がありましたが、国や自治体の指示に基づいていれば問題ないと。



中川 それで問題ありません。そもそも暫定規制値の値は、非常に厳しくした数字を使っているんです。かなり安全を見込んでいますので、それを守っていれば心配ありません。
例えば、飲料水でみますと、ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告では、WHO(世界保健機関)の提言にあるようにヨウ素131については、1キログラム当たり3000ベクレルとなっていますが、日本では300ベクレルとその10分の1にしています。また、緊急時における乳幼児に対する上限は、WHOでは1キログラム当たり100ベクレルとなっていて、今回の事故で厚生労働省から通知された乳児による水道水の摂取制限量と同じです。
ここで注意していただきたいのは、暫定規制値の値は野菜や水道水でもそうですが、放射能の減弱を考慮して一年間毎日基準摂取量を摂った場合でも影響がないとする上限値です。現実的には、こういう摂取の仕方はしないでしょうから、仮に規制値を少しぐらい超えたとしても、短期間のことでしたら何の心配もいりません。



── ヨウ素131、セシウム137といった放射性物質の特徴は。



中川 ヨウ素131は、放射能が半分に減る「半減期」が8日です。つまり、1週間で半分に、1か月で16分の1、3か月もするとほぼゼロになってしまいますから、これ以上の放出がなければ、今後、急速に減少していくことになります。また、これは、体内に入ると甲状腺に集まる性質があります。
セシウム137の場合は半減期が30年で、体にとどまる生物学的半減期は、年齢にもよりますが、2、3か月です。ですから、体の中からは抜けるんですが、この世からなくなるわけではありませんので、特に土壌が心配されます。ただ、セシウムが農作物に与える影響というのは少ないだろうと思いますね。
また、セシウムによって体に影響があったというような報告はされていないと思います。チェルノブイリ事故での健康影響でも、ヨウ素131による小児甲状腺がんだけだったと国際機関から報告されています。
しかし、もともと微量のセシウムは土壌に含まれているとはいえ、測れば放射線が出るというのは、やはり住民にとっては嫌ですよね。



冷静に考えて判断したり行動すべきだ


── がんの心配をされる方が多いと思いますが。



中川 もともと、日本人は2人に1人ががんにかかりますから、そのリスクが50%あります。今回の事故による放射線リスクについては、0.5%程度上昇するものと考えられ、50.5%になります。たばこを吸っているほうが、比べものにならないくらい危ないですよ。


── 一般の人が放射線・放射能を正しく恐れるためには。



中川 まず3つに分けて考えるべきだと思います。作業者、発電所の近隣住民、そしてそれ以外の一般国民。それぞれ今、問題になっているところのどこに関わってくるのか。例えば、魚や野菜の安全性の問題は日本人全体。放射線が高いとか下がり気味というのは、原発近隣の住民にとってのことが多いですね。
国の発表や新聞・テレビの報道を見聞きしたときは、それが自分にとってどういう問題なのか、冷静に考えて判断したり行動するべきだと思います。そうすると、例えば、東京での買い占めなどの問題は起きないだろうと思います。
それと、放射線被ばくで起こることは何か、ということです。一般の人たちには、先ほども申し上げましたように発がんリスクの上昇しかないのです。しかも、100ミリシーベルトくらいにならないと影響はないので、それ以下で事実上問題になるとすると、妊婦、乳児だけです。放射線に対して感受性が高い妊婦、乳児の方たちについてだけは、若干安全側で考えて行動していただくことに越したことはありません。
それらの方以外に関しては、基本的には国の指示に従ってやっていけば、健康被害はまったくないと考えていいと思います。 こういったリスクの考え方は、各々の人生観にも関係するため、万人向きの絶対的な解決策はありません。地元の方々ではなく、都心の人が過剰に反応している面が見られますが、少なくとも私は何もしていません。

(2011年4月8日)

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