福島第一事故情報

放射線による環境への影響

汚染水問題の現状と行方

九州大学大学院教授 出光 一哉 氏 (いでみつ・かずや)

1958年 福岡県生まれ。専門は、核燃料工学、環境同位体。九州大学大学院工学研究科応用原子核工学専攻修士課程修了。82年動力炉・核燃料開発事業団(現・日本原子力研究開発機構)入社。その後、九州大学工学部助教授、スイス連邦ポール・シェラー研究所客員研究員などを経て2002年に九州大学教授。経済産業省の汚染水対策委員会委員を務めている。

最新の記事「汚染水問題の現状と行方 ~汚染水の浄化処理とトリチウム~」はこちら

── 福島第一原子力発電所の汚染水漏れ問題がなかなか収束しません。まず、汚染水とはどんなものか教えて下さい。

出光 汚染水にも何種類かあります。3.11の事故で炉心にあった燃料が溶け落ち、圧力容器の外に出てしまいました。その燃料と冷却水が混ざり、さらに津波で建物の中に入り込んだ海水が混ざった水が大量に建物の底に溜まっています。これが一つ目の汚染水です。そして、その汚染水を処理しているものの、まだ放射性物質を除去しきれていないものも、汚染水です。  つまり、建物の中にまだ残っている水と、その水を処理してセシウム等が若干減った水、また「ALPS(アルプス:多核種除去設備)」という装置を使ってさらにほとんどの放射性物質を取り除いた水、これらが全て「汚染水」と呼ばれます。




タンクには様々な度合いの汚染水が貯められている


── 問題になっているタンクから漏れている汚染水はどのようなものなのでしょうか。

出光 当初は最も放射能濃度が高い汚染水をキュリオン社やアレバ社など外国がつくった除染装置を使って処理していましたが、その後、「サリー」という東芝の装置でセシウムを主に除去するようになりました。また、海水が混ざっているため、「逆浸透膜」という設備を通して海水を淡水に変えています。淡水にした水は冷却のために、再度原子炉に注入しています。処理後に残った、セシウム以外の放射性物質を含んだ、少し濃くなった塩水がタンクに貯蔵されます。
漏洩を起こしたタンクからは、ある程度放射性物質が含まれているものが漏れてしまいました。
タンクには、淡水になったものなど、汚染の度合いが様々な汚染水が貯蔵されています。どのような汚染水が漏れたかは、どのタンクから漏れたかによって変わってきます。

── タンクからの汚染水漏れの原因は何なのでしょうか。

出光 日々、汚染水が大量に発生しています。それに合わせてタンクを大変なスピードでつくってきていますので、その中で品質管理の問題があったと思います。タンクのパッキンが劣化して、そこから漏れが生じたため、今は溶接型のタンクをできるだけ増やそうとしています。




「ALPS(アルプス)」の稼働で問題になる放射性物質はトリチウムだけに


── 「ALPS(アルプス:多核種除去設備)」が稼働し始めましたが、効果はどれぐらい見込めるのでしょうか。

出光 今まで放射性物質を除去するために稼働していた「サリー」は、主にセシウムを除くためのもので、セシウム以外の放射性物質はそれほど取り除くことができませんでした。「ALPS(アルプス)」は、トリチウム以外の放射性物質62核種を安全な基準レベルまで取り除くことができる装置です。少しトラブルがあり、まだ本格稼働までは至っていませんが(10月16日現在)本格稼働した場合には、処理後に残るのはトリチウムだけになります。

── トリチウムとはどんなものでしょうか。

出光 トリチウム(三重水素)は、水素の仲間で、普通の水素の原子は陽子と電子1個ずつで成っていますが、トリチウムはそれに中性子が2個くっついて、少し重くなっている水素です。化学的な性質は水素と同じで、トリチウムと言われているものは、全てトリチウム水という水の形になっています。化学的な性質などは普通の水と同じです。
トリチウムは自然界にも存在しますが、福島第一の汚染水に含まれるものは、原子炉の中で生じたトリチウムです。水素に中性子が一つ加わった重水素という元素が冷却水にわずかに含まれていますが、その重水素が中性子を吸収し、トリチウムになったのです。
トリチウムは放射性で、非常に弱いエネルギーのベータ線を出し、半減期が12年ほどです。セシウムなどに比べると、同じベクレル数でも危険性は1000分の1以下です。
トリチウムはヒトの細胞膜を透過できないくらい弱いベータ線しか出さないので、基本的に外部被ばくによる影響はないと考えてよいでしょう。体の中に入った場合の内部被ばくも、ベータ線のエネルギーは非常に弱いので、直接細胞を破壊する力はあまりありません。また、新陳代謝で普通の水と同じように排出され、体内に溜まっていくことはありません。ただ、水素体の構成元素と同じなので、体の中に入って、例えばDNA中の水素と置き換わって放射性壊変でヘリウムに変わったときにDNAを壊してしまうということが心配されます。しかし、非常に大量のトリチウムを取り込まなければ、人体に影響を及ぼすような状況は起こらないと考えられています。




トリチウムは安全なレベルで排出していいと法律で決められている


── トリチウムは全国の原子力発電所から海に排出されていますが、どのように規制されているのでしょうか。

出光 トリチウムは毒性が低いことと、水と同じ性質で閉じ込めておくのが難しいため、ある濃度以下であれば、発電所から廃棄してよいことになっています。
その排出基準ですが、法律上の濃度上限は1リットル当たり6万ベクレルになっています。この算出根拠は、ヒトは1年間に1トンくらい水を体に摂取しますが、その水が全てその濃度であったとしても内部被ばく量として1ミリシーベルト以下になる濃度とされています。仮に1リットル6万ベクレルのトリチウムが含まれる水を飲み続けたとしても影響が出ないとされる濃度です。
その濃度とは別に、原子力発電所は、それぞれの発電所で放射性物質をどれだけ出していいという総量規制があり、年間で10〜100兆ベクレルまで放出することが許されています。
トリチウムは水と同じ性質なので、セシウムなどと違って生物濃縮を考えなくてよいのです。また、世界全体で1京ベクレル(1兆の1万倍)以上のトリチウムが毎年自然界で生成されています。そのうちの1割以下くらいを発電所等から放出しています。このように、自然界の濃度をほとんど変えないレベルで発電所からの放出の総量の規制がされているのです。

── トリチウムの処理は今後どうするか考えられているのでしょうか。

出光 トリチウムを水素から分離できないかという技術的な調査も行われていますが、水から水を分けるような話で、同位体分離になりますので、多大なエネルギーを使います。
仮に取り出すことができたとして、濃くしたものはどうするか。それもまた難しい問題で、あるものを100分の1にすると、濃度が元より100倍になっているものができてしまうのです。そうすると、今度濃度が100倍濃くなったものをどうするのかが難しくなってきます。ですから、総量規制をしつつ濃度を基準値以下に薄めて「害を十分低く抑えた」レベルにして放出したほうが安全ではないかと思います。

── 蒸発させるのはどうなのですか。

出光 同じことなのですが、要は水で薄めて捨てるか、空気中に薄めて捨てるかの違いですね。空気中に出すときの規制濃度も決まっていて、より厳しくなります。
蒸発させるときにもエネルギーが必要なため、やはり水と混ぜて希釈して放出する方が良いと思います。
しかし、現在、福島第一原子力発電所の現場に溜まっている量は、元々の福島第一発電所の放出規制総量の10倍以上あるので、一度に1年で出してしまうわけにはいきません。10年程度かけ少しずつ薄めて出していくなどの対応が必要になってきます。
雨が降っても地下水が流れ込んでも溜まる一方なので、それを10年も20年も溜め込んだままでおくことは物理的に不可能です。どこかの段階で基準値以下の安全なレベルの汚染水は放出しなければ、事態は改善されません。




1000トンのタンクを2日に1個ずつつくっていかなくてはならない


── 汚染水漏れの話に戻りますが、貯蔵タンクの施工をもう少し何とかできればと思います。

出光 普通の状態で竣工できればいいのですが、タンクの増設も次から次へと追われての作業ですから難しいですね。一体1000トンのタンクですが、地下水の流入で、汚染水が毎日400トン増えていくので、2日に1個ずつタンクを作らなければ間に合いません。あれだけ大きなタンクを2日に1個ずつつくっていくというのは非常に大変です。なおかつ普通の条件ではなくて、みんな防護服を着て、通常の作業とはまた違う注意をしながらの作業です。ミスを出してはいけないのですが、完全を求めるのはなかなか難しいところもあると思います。

── 良い解決策はないのでしょうか。

出光 打ち出の小槌的な魔法のような対策はすぐには出てこないのですが、幾つかの対策を積み重ねて少しでも汚染水を減らしていくしか今は方法がありません。
地下水バイパスや幾つか水を減らす対策が検討されています。山側の凍土壁と海側で止めるもの、それから汚染している部分に水が入らないようにサブドレインというところから水を抜いて、建物に水が入らないようにするなどさまざまな対策は考えられています。ただ、工事が必要なものはどうしても時間がかかるので、なかなかすぐにはいきません。
地下水バイパスは、原子炉に流れ込む前に地下水を手前で抜いて捨てるのですが、「放射能がなくても、捨ててはいけない」と言われるとどうしようもない。抜く量は流れ込むより多いのです。それを「捨ててはいけない」と言われたとたんに、今度は何もしないより汚染水が増えていってしまう問題があります。「あるレベル以下で安全なものは捨ててよい」という確約がとれないと水を抜くこともできません。
規制値以下の濃度が薄いものを捨てること自体は法律違反でも何でもないのですが、風評被害を怖れた反対などもありますので、東京電力がいくら説明してもなかなか理解を得られないところは、国がしっかりと安全性の説明をする必要があると思います。
問題は、風評被害です。汚染されていようがいまいが、とにかく発電所の敷地から何かが海に放出された、そういう報道があるだけで影響を受けるというおそれがあります。ですから、風評被害を起こさないように何とか手立てをしなければなりません。




今は周囲の地下水を流れ込まないようにするしかない


── 地下水が1日400トン流れ込んでいることには驚きました。

出光 福島第一の土地は、海沿いから高低差があるのですね。高いところは30~40メートルありますし、海沿いは津波がきたところは10メートルくらいの高さがあり、海に向かって地下水が流れていたのです。建物も大きいですから、津波で壊れて配管などに穴が開くと、そこからどんどん入ってきてしまうのです。
すぐそのような箇所を埋められればいいのですが、地中で壊れていたり、線量が高くて近づけないようなところの配管が壊れているとなかなか修理に行けません。ですから、できるだけ流れ込まないようにその周囲の地下水を減らすしか今のところ方法はないでしょう。
地下水バイパスは事前に地下水を抜いて、建物全体の水位を下げようという方式です。
もともと原子炉の周りにサブドレインという水を抜く穴があって、原子炉に水が流れ込むのを防ぐこともあるのですが、浮力で建物全体が浮き上がろうとする力を減らす役目もあったのです。しかし、水素爆発で瓦礫などが飛んできて、うまく動かなくなり、水位が上がってしまった状態なので、サブドレインを復活させて、そこの水を抜いて、濃い汚染水がどんどんできないようにすることも考えられています。
今は、ただ汚染水を処理するだけが目的ではなくて、廃炉作業に入るために、建物をドライにして、除染をし、アクセスできるようにしなければいけないのです。そのためには、まず地下水、タービン建屋の下や炉の建屋の下にある水を1回全部抜いてしまう、という操作が必要です。そして、水が流れ込んでいる部分を完全に保修して、水が出入りしないものを造り上げ、また水を張って解体工事をやっていくことになります。

── 最初のステップのところがなかなかうまくいかなくて、苦労しているという感じですね。

出光 そうですね。地下水の流入を防ぐための山側だけの凍土壁だけでもだめなのです。全体を取り囲むところまでやらないと、効果は出てきませんし、原子炉建屋の下から入ってきている水は止められません。下からはそれほどたくさんはこないのですが、それでもゼロではないので、凍土壁が万能だというわけではありません。
つくる順番も難しくて、例えば、海側を先にやると、今まで出ていった水が出ていかなくなるので、地下水位が上がって、今よりも地下水が流れ込むかもしれないこともあるので、つくる順番なども考えなければならないのです。
また、一度に全て水の流れを止めてしまうということもできません。中に汚染している水がまだ入っており、周りの地下水が下がってしまうと、逆に中の汚れた水が外に出てくるかもしれないので、地下水位は常に中の水位よりも高めにしておいて、全体を少しずつ下げていくようなコントロールが必要です。




タンクはきちんとしたものをつくりなおす必要があるかもしれない


── その他、今後の見通しや課題はいかがでしょうか。

出光 汚染水はまだ増えていくことを考えると、やはりタンクの増強は必要だと思います。もう少し本格的に溜めておけるようなもの、あるいはタンカーのようなものを持ってきて、そこに一次貯蔵するという話もあります。とにかくどこかに一度貯蔵して、きちんとしたタンクをつくり直すことも必要かもしれませんね。
そのためには、タンクの容量を空けなければならないので、汚染水を何とかして減らし、少し時間稼ぎをしながらきちんとしたものをつくっていくことが重要かと思います。
少なくともトリチウムはすぐに全ての量を放出する事は無理ですから、その分を溜められるだけの漏れのないものを準備しなければなりません。1000トン規模のタンクが何百基とあるため、メンテナンスも非常に大変です。一日も早い汚染水処理のためにも、しっかりとした貯蔵タンクを作るということが何より重要です。


「汚染水について」
経済産業省HP 総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会代3回会合資料3(平成25年9月)より

 

(2013年10月16日)

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