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電力コストの上昇は雇用を危うくし産業の空洞化を招く


2013年9月25日


profile

松本 真由美 氏(まつもと まゆみ)
東京大学教養学部客員准教授


熊本県生まれ。上智大学外国学部卒業後、報道番組のキャスター、リポーターとして幅広く取材活動を行い、その後、NHK-BS1ワールドニュースキャスターとして「ワールドレポート」等の番組に携わる。現在は、東京大学附属教養教育高度化機構 環境エネルギー科学特別部門での教育の傍ら、環境・エネルギー問題を主なフィールドに講演、取材・執筆活動を行っている。NPO法人国際環境経済研究所・理事、福島県の浮体式洋上風力発電実証研究事業漁業協働委員会委員なども務めている。



── 現在、日本では、原子力発電が止まり、電力のほとんどが火力発電でまかなわれることによって電気料金の値上げの問題に直面しています。産業界における電気料金値上げの影響は。


松本 震災以降の電力供給の不安定さや料金の高騰の問題は、産業界にとって大きな不安要素となっています。特に、製造業にとってコストの上昇は国際競争力を失うため死活問題です。

例えば、鉄鋼業で使われている炉には、高炉と電炉という二種類の炉がありますが、電炉は電気により高炉の8倍のエネルギーを使っています。そのため、コスト高により日本国内で製造できないとなると、製造拠点を海外にシフトしなければいけなくなり、結果、日本の雇用を守れなくなります。エネルギーをできるだけ安く安定供給していくことは、企業にとってばかりか、国にとっても大変重要な問題です。

また、化学産業はあらゆる産業に素材を提供していますが、日本の場合、GDPに大きく貢献しているのは自動車産業の印象が強いと思いますが、化学産業もGDPに大きく貢献しています。この産業においても、電気料金の高騰によるさまざまな問題に直面しています。

震災後の電力需給ひっ迫問題に対する各業界団体の対策について一昨年と昨年取材する機会がありましたが、その中で印象的だったのは、化学産業では、今後、日本国内への投資計画がほとんどないというお話を伺ったことです。電気料金が安くなっているアメリカや新興国のアジアへの投資計画が進められているとのことでした。

日本の産業の主力は製造業ですので、電気料金高騰の問題は、国内の雇用を守っていくことを困難にさせ、産業の空洞化を進めてしまいます。今は円安で輸出産業は持ち直してきていますが、輸入燃料費の増大により電力会社の経営は厳しく、さらなる電気料金の値上げも懸念されています。

 


化石燃料の輸入拡大による巨額の国富流失というマイナス


── 原子力発電が止まっていても、日本では停電を起こさずにやってきています。


松本 原発の稼働停止に伴い、石油・天然ガス・石炭の火力発電の炊き増しがカバーしていますが、そのため「原発がゼロでも電気は足りる」といった認識が広がっています。その背景には、電力会社の努力もさることながら、企業による追加の省エネ機器導入などの節電の徹底や休日への操業変更など、大変な努力があることが十分認識されていないように思っています。

原発の稼働停止に伴う火力発電の焚き増しによる燃料費のコスト増は2010年度比で今年度には3.8兆円増の見込みですが、中小企業にとって電気料金の値上がりは年間数百万円規模の負担増、大企業にとっては億単位の負担増となっています。近年日本は構造的に貿易赤字国の傾向がありますが、海外の資源国への巨額の国富流出について真剣に考える必要があります。

現在、シェールガス革命とシェールオイル革命によりアメリカのエネルギーの構造が変わり、アメリカは中東への依存度が低下しています。その一方で、日本は、石油は9割近く、LNGの25%を中東に依存しています。アメリカの中東への関心が下がっていく中、中東に大きく依存する日本にとって、中東情勢の不安定な状況は深刻な問題です。

日本には、石油は約半年分の備蓄がありますが、天然ガスは20日間程度しか備蓄ができません。幸いシェールガスについては、最近、カナダやアメリカからの輸入の合意が得られ、エネルギー資源が確保できたことは大変喜ばしいことです。天然ガスシフトを進め、調達先の多様化が図られていますが、エネルギー自給率がわずか4%の日本においては、エネルギー安全保障の観点からひとつのエネルギー源に頼って安心というわけではありませんので、並行してさまざまなエネルギー源の技術開発や確保のための戦略は不可欠です。

 

── シェールガスといっても、結局、他国からの輸入ですから、準国産の位置づけだった原子力とは違いますね。

松本 シェールガスの輸入が数年後に始まりますが、LNG価格交渉において日本の交渉カードが多いほうが安価に輸入できる可能性は高くなります。国際交渉の場では、原子力というカードもあることで、足元を見られずに有利に価格交渉ができると実際に現場に携わる方にお話を伺いました。日本のLNG輸入価格は割高ですので、貿易赤字を減らし、国民の生活を守るためにも可能な限りLNGの調達コストを下げなくてはなりません。

民主党政権下で発表された2030年代に原子力発電をゼロとする「革新的エネルギー・環境戦略」は、国民を巻き込んでエネルギー問題について議論を広げた意味では、良いきっかけになったかもしれません。しかし、直ちに原子力をゼロにすべきだという議論については、不確定要素が多い中で結論のみを先行させるのは早急ではないかと思っています。すべての原子力発電所が福島第一と同じというわけではありません。例えば東京電力と関西電力では原子炉のタイプが違いますし、太平洋側と日本海側とでは津波が来襲するリスクも違ってくるでしょう。国民にとってエネルギーを選択する判断材料は「情報」ですので、国や電力会社は、そうした観点からも全国にある原子力発電所の炉のタイプやシビアアクシデントの際の対応、また各発電所のサイトや自然条件の違いなど、活断層の議論だけではなく、防災計画も含め、原子力に関する情報をもっとわかりやく丁寧に説明する必要があります。

 


国民負担をできるだけ減らした再生可能エネルギーの普及拡大を


── 一方で、二酸化炭素排出削減のために再生可能エネルギー開発にも力を入れて行かなくてはなりません。


松本 再生可能エネルギーの普及拡大に向けて現在、技術開発が進められています。国産エネルギーですので、エネルギー自給率の向上や新たな産業創成への期待からも非常に重要なエネルギー源です。昨年7月1日から再生可能エネルギー固定価格買取制度が始まり、太陽光発電が牽引する形で再生可能エネルギー市場は急速に拡大しています。電気利用者である私たち国民や企業が電気料金の中で消費電力量に応じた再生可能エネルギー発電促進賦課金を支払い、買取金額のコスト負担をしながら再生可能エネルギーの普及を広げていく仕組みです。一定の基準を満たしたエネルギー多消費企業は賦課金が減免されますが、何年か後に賦課金の増大が懸念されますので、国民負担をできるだけ減らし、再生可能エネルギーの普及拡大をいかに図っていくか、その方策を探らなくてはなりません。課題となっている系統連携の強化や蓄電システムなどのインフラ整備のコストの財源をどうするかについても議論を進め、できるものから実現化していく必要があります。しかし、再生可能エネルギー(水力を含め)の割合を全電源の内20%、30%に増やすとなると時間とコストが相当かかることは認識しておくべきです。

また、原発の稼働停止に伴う石油やLNG、石炭などの火力発電は、発電時のCO2の問題があります。気候変動および地球温暖化対策もエネルギー問題において考慮すべき重要課題です。

 


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── エネルギー問題は短期、中長期と分けて考えていく必要があるということですね。

松本 安倍首相も「原子力の依存率を低下させる」とオリンピックの記者会見でもおっしゃいましたが、長期的には原子力依存を低減させる方向に進んでいくと思います。震災後、原子力発電に関して「脱原子力」と「原子力維持」という二項対立の中での議論になる傾向がありますが、エネルギーは国家の根幹にかかわるテーマですので、産業政策、外交政策、安全保障、電力需給問題、防災など多様な観点からの短期的、中長期的な検討が必要です。

例えば、短期的な観点からのエネルギー対策として、経団連が「安全が確認された原発については再稼働を」と発言すると、一部の方に既得権益を守るためだと思われてしまいます。しかし、大企業からの発注を下請け中小企業が受けますので、最近の大企業を中心とした海外進出は発注額の減少につながり、回りまわって自分たちの生活や雇用に関わってくる問題であることを考えなくてはなりません。できるだけ安価な電力の安定供給が産業にとってどういう意味を持つのか、と。今後の再稼働については、科学的判断は原子力規制委員会が行い、実際に動かすかどうかは政治判断だと思います。

 


原子力技術の後継者を育成していく必要がある


── 福島第一原子力発電所の事故以来、原子力技術者になろうとする若者が減って困っていると聞きます。松本さんは、教育にも携わられていますが、教育現場の雰囲気はいかがですか

松本 大学や教育機関において原子力に携わりたいという若者が減ってきている、ということが現実に起きていると感じます。原子力技術を研究する大学院生を対象としたサマースクールで講義をさせていただく機会がありましたが、ある学生から、事故以降、世間での原子力のイメージが悪くなり、自分の研究について他人に話す際に躊躇するとして、「原子力の名称を変えたらいいと思いますか?」と質問を受けました。「原子力を学ぶ自分たちとしては辛い」といった意見も聞かれました。

国、電力会社、原子力産業や関係機関は、そうした声を真摯に受け止め、若手の育成を真剣に考えるならば、事故後大きく低下したイメージを回復するために弛まぬ努力をしなくてはなりません。社会的信頼を回復していくためには、例えば福島第一の汚染水問題についても東京電力だけに任せるのではなく、国が当事者意識を持ち、全面に出て、国内外の専門家の知見も得ながら全力で制御していく姿勢を世界に見せていくことが大事ではないでしょうか。深刻な事故や問題が生じた際には、発生原因の説明とともにプロセスを制御していることを示していくことが社会的受容性の向上につながると思います。

また若手にとっては可能性を追求できる研究対象はキャリアを考えるきっかけにもなりますので、次世代原子炉―既存の原子炉よりずっと小型で、炉心部の温度が低く非常時の安全制御の可能性も高く、放射性廃棄物も低減できるような新たな炉の研究開発について、国内外の最新情報を発信していくのも必要です。原子力技術の後継者を育成していくことにより、廃炉技術にしても向上させていくことが可能になります。技術の維持は決して容易なことではありません。私たちはさまざまな観点から原子力について考えていかなくてはならないと思います。

 

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