ほうしゃせん古今東西

阿弥陀如来坐像の台座内にガラス装飾品を
エックス線で発見


2014年5月15日


平安時代、最高権力者として栄華を極めた藤原道長(966~1027)の別荘が、宇治川の西岸にありました。道長の子・頼道がこれを寺院に改築して平等院という名前にしました。


頼道は、さらに新しく阿弥陀堂を建てました。それが現代は鳳凰堂と呼ばれ、世界遺産にもなっています。鳳凰堂のほかに頼道は、法華堂、多宝塔、五大堂、宝蔵など次々に建設しましたので、当時の平等院は周囲の風光の美しさと相まって一大景勝地になったのです。


しかしその後、時代とともに兵火による消失が続きましたが、幸い最も貴重とされる鳳凰堂は、1053年(天喜元年)創建以来の長い時代を生きたので、当時の姿と壮麗な内部の装飾を私たちに見せてくれます。


鳳凰堂の内部は、壇や柱などの木部が彩色文様や漆と螺鈿や鏡などで飾られています。中央の須弥壇には、平安時代最高の仏師・定朝の作による阿弥陀如来坐像が安置されています。この坐像は高さ約2.8メートルの寄せ木づくりの仏像です。


平等院は、2004年1月から阿弥陀如来坐像台座、天蓋などの修理を行いました。修理中、エックス線撮影により各部についての調査を行っていましたが、台座(高さ1.8メートル、ひのき製)の中央にある華盤と呼ばれる飾り板(直径2.4メートル、高さ15センチ)の空間に、直径約5ミリのガラス玉や螺鈿に穴をあけて銅製の鎖に通した長さ4~18センチの垂飾約90点、銅の鎖約90点、ガラス玉約240点、ガラスの破片約90点、花形金具約30点その他が発見されました。天蓋の垂飾から壊れ落ちたのを、昔の修理の際、散逸しないように台座の内に保存したのであろうと推測されています。


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