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── 事故から2年が過ぎましたが、1年前と水産物の出荷制限などの状況に変化はありますか。

渡部 約1年前に出荷制限措置がとられていたのは47魚種でしたが、現在でも46魚種が出荷制限になっています(2013年7月現在)。1魚種、イカナゴの稚魚のコウナゴが出荷制限解除になりました。そのほかの魚種は、いろいろ変遷は経ていますが、1年前に出荷制限されていたものは現状でもほとんど出荷制限されています。
出荷制限は品目と区域、海域で分け、国や自治体それぞれが実施しています。地域と出荷の品目でみると、国は52件、41魚種、地方自治体が操業自粛あるいは漁法で制限しているのが16件、12魚種です。国と自治体で重複しているものを除くと、46魚種になります。
出荷制限措置を設定するのは、原子力災害対策本部の本部長である内閣総理大臣です。解除は、地方自治体の首長の申請に基づいて検討されることになっています。そのため、首長が慎重に、まだ少し様子を見ているのではないかと思います。
農林水産省(以下、農水省)では放射能調査を事故が発生した2011年3月以降継続しており、2013年6月末時点で3万4554検体の試料を分析しています。海洋生物環境研究所も依頼を受けて分析に参加していますが、出荷制限として設定されている値である100ベクレル/キログラムを超えるのは、現在までに分析した検体全体の8%程度しかない状況です。(図1)


【図1】農水省調査における100ベクレル超試料数の割合

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提供:渡部輝久氏


毎月の分析で100ベクレルを超える試料数はだんだん下がっているのですが、いまだに制限の解除措置はとられていないのが現状です。




大多数が100ベクレル以下の分布状態だ


── 1年前は、100ベクレル/キログラム超の試料数は、10%程度でしたので徐々に下がってきているのですね。

渡部 そうですね。
農水省は調査した水産生物の棲息域もあわせて公表しています。イカナゴやシラウオ、シラスなどの「ごく表層の魚」では、放射能が検出できないものもありますし、含まれる放射性セシウムの濃度はどんどん下がっていることがわかります。
それぞれの棲息域あるいは魚種でどのような種を測定してきたか、10検体以上測定した試料を抜き出して表したものです。


【図2】農水省水産物放射能調査対象生物種(10検体以上)

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提供:渡部輝久氏


「ごく表層」では、イカナゴ、シラス、シラウオなど、表層ではカタクチイワシなど、中層ではスズキなどが含まれ、そしてアイナメ、ヒラメ、コモンカスベなどの底層に生息する魚類の種類が最も多く調査されてきたことが分かります。また底層に生息する魚類に100ベクレルを超えるものが他と比べて多いことが分かります。
さらに、無脊椎動物のイカ、タコの類、海藻類、そして淡水魚なども調べていますが、ヤマメ、イワナなどの淡水魚で100ベクレルを超えるものが頻繁にみられることには注意が必要かと思います。そのほか、検体数は多くありませんが、哺乳動物のクジラの類も分析しています。幸い濃度は低く、今までに100ベクレルを超えたものはありません。
ごく表層や表層に生息する魚類に比較し、中層魚や底魚、淡水魚の放射能値は、確かに下がってはいるのですが、顕著ではありません。
そのことが出荷制限に関しても少し慎重になり、「解除はまだ早い」と判断している理由になっていると考えられます。
底魚3種(アイナメ、コモンカスベ、ヒラメ)は放射性セシウム濃度が比較的高く、したがって測定試料数も多く常磐沖での水産資源としての価値も大きいと考えられますが、その3つだけを抜き出して、濃度の現れ方を見てみたのが、図3「低魚3種の測定値累積出現頻度」のグラフです。


【図3】底魚3種の測定値累積出現頻度

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提供:渡部輝久氏


図3は縦軸に累積確率分布、横軸に放射性セシウム濃度の対数をとったものです。これが直線になるとほぼ正規分布するわけですが、ブルー、グリーン、レッドで表した底魚3種は大ざっぱに見ると直線になっています。そのときの中央値(累積頻度がゼロに相当する濃度)を代表値としてプロットし、時系列をとったのが図4「低魚3種の測定値時系列変化」のグラフになります。


【図4】底魚3種の測定値時系列変化

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提供:渡部輝久氏


こうして見ると、減少傾向がより明確です。1年弱で特にアイナメ・コモンカスベの放射性セシウム濃度は1ケタ減少していますから、かなりの速さで減っていることがおわかりいただけるかと思います。
実際に2013年の6月を見ますと、赤のコモンカスベは100ベクレルを超えてしまう可能性もありますが、アイナメやヒラメはほぼ100ベクレルを超えません。ですから、測定値の分布は、大多数が100ベクレル以下であるような状態までに現在は来ている、と言っていいかと思います。


── 福島第一の事故による放射性物質の全国的な海洋への影響はいかがでしょうか。

渡部 私たちの研究所では全国の原子力発電所の海域で、海水、海底土を採り、また地元の漁協さんにお願いして海産試料を春と秋に送っていただいて分析しています。北は北海道の泊原発から南は鹿児島の川内原発まで15海域を設定して、そのデータを1983年以降蓄積しています。
2011年度の調査は、5月に実施しました。福島の事故があった後に海水、海底土を採りました。海水は、表面の水と底に近い水を採って、ストロンチウム90とセシウム137を測っています。
5月の時点では、福島、茨城、宮城で特にセシウムの放射能濃度の顕著な増加がみられました。北海道や青森などセシウム濃度が若干上がった海域もありましたが、1986年のチェルノブイリ事故のときのピークより低くなっています。
これは下層水についても同じで、福島、宮城、茨城を除くと他は大きな影響はないと言えます。例えば、島根や北海道で福島第一原子力発電所由来のセシウム134、銀110mが見つかったというような話はありましたが、日本の海域全体のレベルを上げるような影響はありませんでした。




明らかに急速に放射能濃度が落ちて来ている


── 福島第一原子力発電所の近海ではいかがですか。

渡部 東京電力も昨年4月以降「福島第一原子力発電所20キロ圏内の海水中の放射性セシウム濃度」の詳細分析を実施し公表しておりますが、この1年間を見ても明らかに急速に濃度が落ちて来ています。


【図5】東京電力による福島第一原子力発電所20km圏内の海水中放射性セシウム濃度測定結果

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提供:渡部輝久氏


また、海洋生物環境研究所は千葉県から宮城県に至る10キロメートルから30キロメートルに至る沖合海域で、2か月から3か月に1回の頻度でモニタリングを実施しておりますが現在のレベルは高くて1リットル当たり数十ミリベクレルです。
事故前は1~2ミリベクレル程度でした。ですから、事故前のレベルにはまだ回復していませんが、表層、下層ともに事故前の1桁くらい高い状況、海底土で2桁くらい高いところもある状況で推移しています。しかし、事故当初は急速に減ったのですが、今はなかなか減っていません。減り方がだんだん遅くなっている状況です。
私どもの研究所は、この海域にどのくらいのセシウムがあるか試算しておりますが、事故による放出量の0.1~2%くらいはいまだに福島沖合、茨城から宮城に至る海域(海底土)に残っていると考えています。ですから、かなり拡散して海域から除かれているとも言えます。


── 「事故前より少しでも放射性物質が増えているのであればいやだ」と考える方もいます。食品に含まれる実際の放射性物質の量でどれくらい人体に影響があるのか、数値がどういう意味をもっているのか分かりにくいのが問題ですね。

渡部 そうですね。数値というのは本当に独り歩きしてしまいますので、我々も安易に「たかだか何倍である」というようなことは言ってはいけないと思います。
ただ、2012年4月から一般食品に対して、放射性セシウムで100ベクレル/キログラムという新しい規制値が施行されました。この規制値はかなり厳しい見地から設定されたものです。現実に100ベクレル/キログラムの食品を毎日、仮に2キログラム食べ続けたとして必ずしも年間1ミリシーベルトになるわけではない。つまり、新基準はいろいろな仮定に基づいて設定されているのです。たとえばセシウムがある程度の量入っているのであれば、ほかの核種も入っているだろう、という前提の下で被ばくを多めに見積もって、100ベクレルにしてあるのですが、現実にはセシウム以外の核種はモニタリングで検出されていません。そういう意味では、100ベクレル/キログラムを超えなければ、かなり安全が保たれる、年間1ミリシーベルトを超えることは決してないと言えるのではないでしょうか。
各自治体の首長の方々はかなり慎重に対応されているかと思います。実際に農水省の検査の「品目・区域の設定・解除の考え方」などにも書いてあるのですが、どういう品目、海域のものについて調査しなくてはならないかというと、100ベクレル以上ではなくて、さらに「過去に50ベクレル以上のものを検出したことがあるような品目あるいは海域についても測りなさい」ということで、必ずしも100ではないのです。さらに低い50ベクレルまでモニタリングするという考え方で、一般の方にはかなりたくさんの情報が提供されています。
その結果、100ベクレルを超えるものは事故後から現在に至るまでで8%程度しかないというのが現実です。




トリチウムは取り除けないので難しい問題だ


── 今後の課題としては。

渡部 今、問題は汚染水に含まれるトリチウムとストロンチウムだと思います。セシウムやストロンチウムはそれなりに吸着剤を使ったりして吸着させて除くということはできますが、トリチウムは水素の同位体で、水と一緒に挙動しますので、除去することができません。
実は、トリチウムは、福島に限らず、どこの原子力発電所からも放出されています。もちろん原子力発電所では、周辺に住む方々の被ばく線量が健康に影響を与えることがないようにトリチウムなど、放射性物質の年間放出量が決められています。
今回の福島の場合は事故後に意図的にホウ素を中性子の吸収剤として入れたため、通常より多くのトリチウムが発生してしまいました。
そのため、年間放出量の基準を超えて放出することができるのかどうか、そこをどうしていくのか、トリチウムの問題は非常に難しい問題になっていると思います。
また、福島第一原子力発電所の原子炉には事故の対応でかなりの量の海水を注入したため、塩分が入っています。処理するには塩分を除く必要がありますが、海水には「放射能を持たない非放射性のストロンチウム」が多量にあり、約8ppm含まれています。つまり1リットルに8ミリグラムくらい入っていることになります。ストロンチウムは海水中の元素で多く含まれるものの一つです。ですから、海水に放射性のストロンチウムが入った場合、非放射性のものと区別ができないため放射性セシウムのように吸着材で取り除こうとするととても効率が悪くなってしまうことが考えられます。
ただ、「多核種除去設備(ALPS)」が稼働するようになれば、トリチウム以外のストロンチウムを含む62核種の放射能濃度を法定基準値以下まで低減させることができると聞いていますので、期待したいところです。
結局、トリチウムだけは取り除くことができないので、原子力規制委員会が言うように「放射能濃度を低減化したものは海に流さざるを得ないのではないか」となるのか、あるいは別途方策を考えるのか、これが最後の関門となってしまうのではないかと思います。


── 地下水による汚染水増加の問題も心配ですね。

渡部 図6は東京電力が発表した「福島第一原子力発電所港湾内で採取された海産魚の放射性セシウム濃度」ですが、軒並み高い。


【図6】福島第一原子力発電所港湾内で採取された海産魚の放射性セシウム濃度(降順)

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提供:渡部輝久氏


港湾内の話で、「ここから外には出ませんよ」という話ではあるのでしょうが、これだけ高いレベルの魚が港湾内にいるということは、やはり港湾内にある程度高いレベルの放射性セシウムを含む汚染水が流れ出ていることが推測されます。(2013年7月30日現在)
シルトスクリーン(放射性物質の拡散を防ぐ水中のカーテン)で湾外には出ないようにしていることがあるにしても、もし原因があるのであれば、セシウムについてもかなり心配な面はあります。やはりきちんと調査しなければならないでしょう。
日本の海域全体としては、これ以上の放射性物質の放出がなければ、おそらく放射能濃度は順調に下がっていくだろうと私は思いますが、新たな汚染があるのか、ないのか、そこのところをきちんと特定することが重要だと思います。

 

(2013年7月30日)



福島第一原子力発電所の汚染水漏えい問題について

取材後、福島第一原子力発電所の汚染水漏えい問題が大きな社会問題に発展いたしました。今回は、主としてトリチウム(3H、半減期:12.3年)とストロンチウム90(半減期:28.8年)が主たる放射性核種として関心を集めているようです。両核種ともに純ベータ線放出核種であり、人体に対して外部被ばくに関しては大きな寄与は果たしません。問題は内部被ばくであり、海に流出した場合には水産物を経由しての人体への移行が重要な被ばく経路となります。トリチウムはベータ線のエネルギーが低くその生物学的な影響は大きくはありませんが、ストロンチウムは、骨に沈着する核種であり、骨髄への影響が考えられるため線量換算係数もセシウム137よりは若干大きなものとなっております。ちなみに、トリチウムやストロンチウムを含む食品を摂取したときの内部被ばく線量を、同濃度のセシウム137を含む食品を同量摂取したときの内部被ばく線量と比較すると、トリチウムで約100分の1、ストロンチウムで約2倍となります。しかし、両核種とも海水から水産生物への移行の程度を表す濃縮係数はセシウムのそれより小さく、IAEA(国際原子力機関)によると魚類ではトリチウムで1、ストロンチウムは3とされております(セシウムは100)。したがって、水産生物への移行量はセシウムよりは小さいということができますし、それを摂取したときの人体の影響もさほど大きなものでないと推測されます。

 しかし、海洋あるいは漁場の安全を確認することは重要なことであることは無論のことです。福島県近傍の海域について放射能モニタリングを近々実施することが現在計画されています。

渡部輝久(2013年9月9日)

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