label_interview_007

新「規制基準」の適合とは、リスクが十分低く抑えられていることだ


2014年8月12日


山口 彰 氏(やまぐち あきら)
大阪大学大学院 教授

1957年 島根県生まれ。工学博士。専門は、原子炉工学、リスク評価など。東京大学工学部原子力工学科卒業、同大学大学院工学系研究科博士課程修了後、動力炉・核燃料開発事業団(現・日本原子力研究開発機構)にて高速炉研究に従事。2005年より現職。原子力規制委員会発電用軽水型原子炉の新規制基準に関する検討チーム委員を務めた。現在は、資源エネルギー庁の原子力小委員会委員などを務めている。



九州電力・川内原子力発電所が、再稼働の条件となっている規制基準に適合していることが、7月、原子力規制委員会によって了承されました。そこで、この「規制基準」と原子力発電所の再稼働について大阪大学の山口先生にお伺いしました。



── 7月16日に原子力規制委員会が、九州電力・川内原子力発電所1・2号機が規制基準に適合することを了承しました。まず、この規制基準の制定の経緯やポイントを教えていただければと思います。


山口 一番大切なところは、2011年の福島第一原子力発電所事故の教訓からスタートしたことだと思います。


ポイントは「福島第一原子力発電所のような事故を確実に防げるようにすること」「シビアアクシデント対策など国際的な考え方を踏まえたものを要求した」「海外ではすでに配慮されているテロや航空機衝突の対策も要求した」「性能を要求する基準と基準を満たす具体的な対策は事業者が自ら考えてやることを求めた」の4つになります。


まず、1つ目のポイントですが、新たな規制基準を定めるにあたり、事故後に、政府や国会などいくつかの事故調査委員会が出した報告書や指摘、そしてこれまでに原子力安全・保安院()が整理した技術的知見など、それらを整理して、福島第一原子力発電所のような事故を確実に防げるようにすることです。具体的には、非常用電源の確保、炉心と格納容器の冷却機能の格段の向上、水素対策の3つになると思います。


※規制委員会に改組



2つ目のポイントですが、海外の規制基準ではどういうことが要求されているかの調査等を踏まえて、事故後、直ちに原子力安全委員会当時に、原子力安全設計審査指針と耐震指針の見直し案がつくられていました。これまで要求していなかった炉心損傷などのシビアアクシデント(過酷事故)や全電源喪失などの対策を新たな規制基準として要求することで、国際的な基準に照らしても見劣りしないものにしたことです。


3つ目のポイントは、2013年7月8日に施行された新たな規制基準では、共通要因というものに非常に注目しました。火災や内部溢水など共通の要因によって、安全機能が一斉に喪失することを防止するため、非常に広範な事象を対象にしています。また、シビアアクシデントの発生を前提にした対策を要求したこと、そして、新たに、海外ではすでに配慮されているテロや航空機衝突の対策も要求することで、評価のなかなか難しいものにもきちんと取り組むようにしたことです。


4つ目のポイントは、シビアアクシデントの対処について、確率論的リスク評価の結果を踏まえて有効性の評価をすることを要求しています。具体的には「リスクマネジメントと深層防護()に基づいてやりなさい」ということですが、「新規制基準はあくまで性能基準であって、具体的な対策は事業者が自分で考えてやりなさい」と求めています。そういう性能を要求する基準を満たす具体的な対策は事業者が自ら考えてやることを求めた点です。


※シビアアクシデントに至った場合でも人を守るための幾重もの備えのこと


このようにして出来上がった新しい「規制基準」ですが、これより前、2012年6月に原子力基本法が改正され、安全の確保は確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命などの保護や環境の保全などに資する、などが明記されていました。さらに併せて、原子炉等規制法も改正され、大規模な自然災害やテロリズムなどの犯罪行為の発生も想定する、ことが求められていました。こうしたことからも、新規制基準は、法改正で求めていた考え方にも適合するものに仕上がったと言えます。

 

新規制基準のイメージ

新規制基準のイメージ
「原子力総合パンフレット2013」(日本原子力文化財団)より


新規制基準の基本的な考え方と主な要求事項

新規制基準の基本的な考え方と主な要求事項
「原子力総合パンフレット2013」(日本原子力文化財団)より



「安全と言えるのか」の問いは、「安全目標をどう考えるか」と同じ問いかけだ


── 「新規制基準に適合」、このもつ意味合いはどのようになるのでしょうか。「適合ということは安全性が確認された」と一般的には思われると思いますが。


山口 私の思うところは、「これで安全確保ができたのか」と問われるとしたら、たぶん問い方が間違っているのですね。原子力規制委員会は「新規制基準に適合する」が、「これで安全だと言っているわけではない」と言っていて、それは専門家的には非常に正しいお答えだと思いますが、一般の人にはある意味違和感を覚える答えでもあると思います。つまり、規制基準に適合しているということは、今、考えられている様々な原子力発電所の安全性を阻害するようなリスクが十分に低く抑制されている、適正なレベルに維持されている、ということを示しているのです。


「これで安全と言えますか」という問いは、私たちが許容できるリスクはどれくらいか、にかかっていると思います。ですから、「安全目標をどう考えるのか」と同じ問いかけなのだと思います。


原子力規制委員会も「社会で受容できるリスクはどれくらいか、という安全目標の議論をきちんとやり、社会が受容できるリスクを見い出して初めて安全について話すべきである」としていますので、現段階では「リスクが非常に低い水準に抑制されている」と考えることが重要です。


これをもって「これで安全ですか」という問いかけは、逆に言いますと、また安全神話に逆戻りするような危険性をもっている話です。こうした観点で「規制基準に適合した」ということばを理解するべきだと思います。

 


防災対策は、じっくりとより良いものに少しずつ改善していく、というスタンスで


── 現在、原子力規制委員会で審査が行われている12地点の原子力発電所で、約30キロ圏内にあたる防災重点区域の自治体のうち、約3分の2が避難計画の策定を終えているようですが、こうした防災計画・対策については。


山口 原子力の安全確保というのは国民の生命、健康や財産を守ることだ、ときちんと法律に書かれていて、各自治体が防災計画を策定しつつあります。非常に重要なことですが、今の問題点は、国と自治体、そして事業者、そこの連携が非常にお粗末である点だと思います。


例えば、自治体が防災計画を立てようと思っても、国の規制や考え方がどうであるかがやはり非常に重要ですし、事業者が、例えばプラントでシビアアクシデントが起きたときに影響を抑制するための対策としてどういうことを考えているのか、などが必要な情報です。国は適切なリスクマネジメントは何かという観点から、方針をきちんと伝えることによって地域の防災計画にもっと協力するべきだと思います。また、自治体が防災計画を立てるときに、これはどう考えればいいのだろうと悩むことがたくさんあるので、そうしたことにも、きちんと考え方を示していくような努力をするべきです。


事業者は、モバイル(可動式)電源などの設備や格納容器ベント(水素の排気設備)を設けたり、防災訓練など、様々な対策をとっています。そういったシビアアクシデント対策とリスク評価の結果をもう少し自治体の方に説明してあげる努力が要ると思います。


今、事業者はシビアアクシデンド対策を相当手厚くやっていますので、いろいろなシナリオを考えても放射性物質の放出は、ほとんどない状況になっています。そうすると、自治体は「じゃあ、防災計画なんて要らないのか」といった話になりかねません。プラントがどのようにシビアアクシデント対策をしているか、そしてどのような防災計画が適切かをきちんと伝えない限り、自治体としては、例えば福島第一原子力発電所事故の状況を踏まえて、防災計画を立てるか、あれよりも何倍か大きいものを想定して防災計画を立てるのか、よりどころがないのですね。


ですから、まず国は、シビアアクシデント対策で安全が相当手厚くなっていることをしっかり説明した上で、防災計画をどういう前提で立てるか説明すべきです。その時は、地域のことを一番よくわかっている自治体に対して、プラントのことを一番よくわかっている事業者がそういうところを伝えてあげることが大切だと思います。


現在、防災計画の進捗が非常に遅いと指摘されているのは、国、事業者、自治体の三者のコミュニケーションがほとんど進まないままに自治体が防災計画を立てさせられているからのように感じるのですね。三者の情報交換や連携がもう少し入ってくれば、防災計画は非常に実効性があって、現実的なものに仕上がっていくようになるのではと期待しています。


ただ防災計画はあるところまでやれば完全なものがバッとできるわけではなくて、プラントの状況もその地域の状況も数年経つとだんだん変わっていきますので、そんなにあわてずじっくりとより良いものに少しずつ改善していく、というスタンスでやるのが長く続く方法ではないかと思います。



住民に対する放射線防護のイメージ

住民に対する放射線防護のイメージ
「原子力総合パンフレット2013」(日本原子力文化財団)より



規制基準に適合した発電所はできるだけ速やかに再稼働することが不可欠だ


── 福島第一事故により全国の原発が止まったため、電力の9割が化石燃料によって賄われるようになってしまい、年間3.6兆円も輸入のために費用が増している、といった問題はよく耳にしますが、他にも「原発が停止しているリスク」があると聞きますが。


山口 原子力発電所を稼働させないリスクを考えますと、エネルギーの安定供給やエネルギーコストなど経済的なリスク、ローカルには原子力発電所と産業そのものの構造が結びついている自治体への影響、そういった広範な経済的リスクはしっかり見ないといけないと思います。


忘れられがちなのは事業者のリスクで、再稼働が見通せないことによって、エネルギーの安定供給を事業として続けていくことが今、非常に危機に瀕している状況と言ってもいいと思います。エネルギーの安定供給のためには安定的な事業経営が必要ですので、その事業リスクも考慮すべきです。


また、発電所が止まっていることによって、発電所を運転・保守していた電力会社の従業員の方々がペーパードライバーの状況にある。運転免許は持っていて、車はあるが何年間も運転していないような状況です。これは非常に重要な問題です。こういう状況で再稼働になると、毎日車に乗っている人と比べると、何年ぶりかで運転するのはやはりプレッシャーがかかるのですね。


発電所の安全を確保していくプロセスは、規制基準に適合して、厳しい審査に適合して、というだけではなく、運転から得られるいろいろな知見を反映して安全に役立てる、つまり、先ほどリスクマネジメントのプロセスが重要だというお話をしましたが、その中に反映していって、安全の評価や現状を見直していくことが重要です。


現場で働いてプラントのことがよくわかっていて運転する。それによって得られた知見をプラントの安全向上にどんどん反映していく。実はこういうリスク対応は意外と語られないのですが、私は非常に重要だと思います。にもかかわらず、今、日本中の発電所で誰もオペレーターとして仕事をしている人がいないのです。


原子力発電所の停止でエネルギー価格が上がって、あるいは石油の輸入が増えて年間3兆何千億という話はされるのですが、目に見えないところの部分、つまり人の問題や事業の継続性・安定性の問題、そういった長期的な問題をもっときちんと見ないといけないと思います。


それから、以前アメリカのDOE(エネルギー省)副長官を務めたウィリアム・マーチンさんが、日本の置かれている地政学的なリスクについて語っていました。「ロシアからの天然ガスは当てにならないし、アメリカはそれには反対するだろう。シェールガスの輸入も長期的にはできるかもしれないが、時間がかかって大変である。アメリカは中東の石油のライン確保のために軍隊を送っているが、それによって非常に甚大な人的被害が出ていて、いつまでその政策をとっていられるかわからない」と言うのですね。


こうした地政学的な問題の視点も合わせて考えると、実は原子力発電所の運転停止の問題は、ただ単に電力料金が上がるという狭い視点で考えてはいけなくて、もっといろいろな要素を含めた多くの視点で見ないといけない問題です。今はその中の安全性にスポットが当たり過ぎている。もっとバランス良く全体的な構造を見る必要があると思います。


その意味でいうと、規制基準に適合した発電所はできるだけ速やかに再稼働することが不可欠である、と思います。

 



アメリカNRCの「良い規制の原則」のように判断のための考え方を文書化すべきだ


── 川内を除くと安全審査の申請をした発電所が19基ありますが、今後の見通しはいかがでしょうか。


山口 なかなか難しいですね。当初は1基あたりの審査に6か月程度というような見通しもありましたが、川内1基だけで、約1年もの時間がかかってしまっています。そして、実際の運転再開にこぎ着けるにはどれくらいかかるかまだわからないような状況ですね。


しかも、PWR(加圧型軽水炉)はある程度進んでいるのですが、BWR(沸騰水型軽水炉)はまだこれからです。ですから、複数基の再稼働となると見通しは相当時間がかかるだろう、と思います。


ただ、川内原発の審査でこれだけ時間がかかった経験からもっと学んでほしいですね。審査での効率を上げていくための要素は、いろいろわかってきていると思います。重複を避ける、プライオリティをつける、重要度をきちんと見極める、そういった規制審査の経験を次に生かすような努力を是非してほしいと思います。


規制委員会のほうは、例えば、事業者側が説明能力を上げて論理的に説明していくときに、それを規制委員会側がしっかり受け止められるかの問題があると思います。


これについては、私は何回か言っているのですが、アメリカのNRC(原子力規制委員会)は「良い規制の原則」というのを20年以上前につくっています。それは「自立性」「公開性」「効率性」「明確性」、そして「首尾一貫性」の5つです。NRCの委員のやっていることは、自分たちの判断がこの5つの原則に照らし合わせて適正かどうかを常に自問自答している、ということが非常に特徴的なところだと思います。


つまり、規制する側にぜひ考えていただきたいのは、そういったベースとなるような考え方をしっかり文書化して、何かの判断をするときにその考え方に基づいて判断をする、そういう枠組みをきちんとつくり上げていただきたいと思います。


原子力発電所での対策例

原子力発電所での対策例
「原子力総合パンフレット2013」(日本原子力文化財団)より


そうすると、事業者が自分たちの活動なり安全対策を説明するときにも、規制の考え方、原則がわかっていれば、両方の議論がかみ合って効率的に進むのですね。ところが今、そういう共通のベースとする考え方がない状態で、手探り状態で議論しているので、最初から議論がかみ合わない状態がずうっと続いて、やっと少しずつ収束していって、両方が納得できるところが見えてくる、というプロセスなのです。


ですから、事業者側もきちんと論理的に説明する能力をぜひもってもらいたいですし、規制側もそれを受け止めるための「自分たちはこういう考え方、こういう基準で判断するのだ」というものをしっかり文書化して公開して、それをベースに両方の合意点がかみ合わないようなときには、その原則に照らすとこれはどう考えるべきか、そういうアプローチを両者がやるというほうが国民にも論理的によくわかるわけですね。


活断層の問題のように両方の言っていることがかみ合わずに、「どちらの言っていることもようわからんな」というような状況から抜け出さないといけない。そうしないと、今後何十基も控えている審査は、それぞれのプラントでそれぞれの課題があるので、それを一つひとつ、1から始めていたら、大変な作業です。


原子力規制委員会は、世界で最も厳格な規制をやると標榜していますが、「私たちはこういうことが厳格な規制と考える。だからこれを要求する、それを満足させるための要件はかくかくしかじかである」と言ってもらえれば、事業者の側も「それに応えるべき安全対策をこうしました」と非常にロジカルで前向きな議論になる。これが重要な点だ思います。

このページをシェアする

ページTOPへ