放射線を利用して、新しい品種を育てることに挑戦

放射線を利用して新しい品種を育てることに挑戦。


理化学研究所

2015年4月


preface

桜前線の北上が話題になる季節となりました。
現在、日本には、ヤマザクラ、オオシマザクラ、ソメイヨシノなど、一〇〇種類を超える桜が自生しています。
桜は、日本人が最も愛でる花のひとつですが、この桜の品種改良に放射線が使われていることをご存じでしょうか。
今月号では、桜に放射線をあてて、新しい品種づくりに取り組んでいる、理化学研究所仁科加速器研究センター応用研究開発室生物照射チームリーダーの阿部知子さんにお話しを伺いました。


放射線を照射した桜の品種を教えてください。


新しくつくった品種は、ニシナザオウ、ニシナオトメ、ニシナハルカ、ニシナコマチです。最初に育成したのは、ニシナザオウです。
岡山県里庄町にある日本の現代物理学の父として知られる仁科芳雄先生のご実家にも植えていて、名前の由来にもなっています。
その桜は、科学振興仁科財団が管理していて、大事にして下さっているので、すごく元気がいい。山形県の原木が、ちょっと元気がなくなったので、二月に枝を分けて頂いたんです。ソメイヨシノの原木候補は上野公園にあるという記事が新聞に掲載されましたが、ニシナザオウの原木は里庄町にあるということになります。


ニシナザオウは、どのような桜なのですか。


緑色の花びらのギョイコウの枝に放射線を照射して、ギョイコウと相性がよく、病気に強い青葉桜に接木し、黄色い桜をつくりました。


黄色い桜ですか。


山形市にある生産農家さんが、花びらの緑色の部分をなくして黄色い桜をつくりたいと言ったので。
その後、ピンク色の一重の可憐な花を咲かせるニシナオトメや、八重咲きのニシナハルカ、花が完全に開かないぼんぼり咲きのニシナコマチをつくりました。


そもそも放射線育種とは。


放射線を照射することによって、遺伝子を傷つけて、突然変異を誘発し、それをうまくつかって、新しい品種をつくる技術です。
日本では一九六〇年以前から、いろいろな放射線を利用して、さまざまな活動が盛んに行なわれてきました。
茨城県常陸大宮市には、農業生物資源研究所の放射線育種場があります。
そこには、世界一大きいガンマーフィールドがあります。その中心にコバルト60の線源があり、フィールド内に桜の木を植えれば、ガンマ線をあて続けられます。ここで育成された新品種は一五〇種あります。
理研の場合は、そんなスペースはないので、若い芽を含んだ枝にイオンビームをあてて、挿し木をしています。


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新品種の作り方(重イオンビームによる変異誘発技術)


イオンビームをどれくらいあてるのですか。


桜の枝だと一〇グレイで、一回のみ、数秒あてるだけです。


枝を一本ずつあてるのですか。


桜の場合は、枝をとってきて、長さをそろえて、照射します。
枝を詰めるケースは、六センチから最大九センチのものがあるので、枝をいくつか入れて、一度に照射しました。
照射が終われば、生産農家さんに送り返し、台となる木に接ぎ木していきます。


ピンク色の桜を黄色にするのは、難しくなかったのですか。


緑色のギョイコウは、花びらに緑色の筋がはいっていて、筋がなければ黄色くなるかも、と考えやってみました。
たった一〇本しかあてなかったのですが、一本にいいのが出たんです。
四季桜のニシナオトメは、寒さにあおうと、なかろうと、五か月休眠して、ぱっと花が咲きます。
この桜に挑戦したのは、夏のオリンピックに合わせて、真夏に花を咲かせたいということと、少し温暖化の影響で、鹿児島で桜の花つきが悪くなっているので、そういう影響を受けない桜をつくりたいというユーザーの夢があったからです。
八重桜のニシナハルカは、ユーザーから、ソメイヨシノのように、見ても美しくて、佐藤錦のように食べても甘い桜を作りたいというお話があったので、やってみました。


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左からニシナザオウ、ニシナオトメ、ニシナハルカ


結果はどうでしたか。


生産農家さんが、さくらんぼを送って下さったのですが、色は濃く甘いのですが、実は小さかったです。加工にむいているかもしれません。
照射実験は共同研究として行なっています。理研は照射技術を開発して、何をつくるかはユーザーが決めます。こういうものをつくりたいという持ち込み提案を、どうすれば効率的にできるかを一緒に考えます。


他には、どのようなものが持ち込まれたのですか。


新しい色のペチュニア、バラ、ダリア、キク、カーネーション、コスモスやトレニア、種をつけないバーベナやキク、丈の低いソバ、ヒエ、コムギや大麦、耐塩性のイネ、その他、大きくなる食用菊、ノリやワカメなど、二五〇種類までは数えていましたが……。
ガンマ線やX線を使った放射線育種では、変異体を選抜するときには、半分くらいの個体が枯れてしまう線量を照射します。
重イオンビームでは、イオン一粒でも細胞を通過するときに遺伝子を切断するエネルギーが十分あるので、生存率が低下しない少ない線量の照射で、変異体を選抜します。
少ない線量だと目的とする遺伝子のみを破壊し、例えば他の農業上有益な形質への影響を低減することができます。変異体そのものがそのまま新品種になれば、新品種を育成する期間が短縮できます。
このように、現在、SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)の支援を受けて、放射線育種技術の高度化も行なっています。


どうしても変わらない植物もありましたか。


放射線をあてても全く変わらない蘭や野生の花があったり、強い線量を照射しても枯れない放射線に強い植物があったりします。それぞれを集めれば遺伝子の修復など新しい機構が解明できるかもと、期待しています。
今、面白いのは、イオンといっても、周期率表でみると、炭素からウランまでいろいろあります。
軽いイオン玉を投げるのと、重いイオン玉を投げるのと、五年くらいかけて、どうなっているかを調べて、いろいろなことが起こっていることが、わかってきました。
炭素のような軽いイオンでは、沢山の数のイオンを照射できるため、変異率が高い。でも壊れるサイズは小さい。重いイオン、例えば、アルゴンや鉄だと、玉数は少ないけど、遺伝子がダイナミックに壊れ、違う染色体同士がくっついたりする。
植物というのは変わっていて、特に小麦や芋は、複数のゲノムを持っています。こういう植物では、一つの遺伝子が壊れても変異は見えません。染色体がダイナミックに組み換わると新しい変異が見えるかもしれません。
ユーザーが、大きく遺伝子を壊したいというときには重いイオン玉を、小さくてもいいから、いろいろ欲しいという人には軽いイオン玉を、と奨められるようにイオンを極めていきたいと思っています。

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