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── 日本、中国、インドの国際研究チームがインドの高自然放射線地域で年間10ミリシーベルト程度の自然放射線被ばく者の疫学調査をされたということですが、まず高自然放射線地域とはどういう所でしょうか。

秋葉 自然放射線というのは、1つには宇宙から飛んでくる宇宙線と呼ばれる放射線があります。それから大地に含まれる放射性物質からの放射線、そして私たちが吸っている空気の中に入っているラドンガスの一部から出てくる放射線、あるいは食べ物に自然に含まれている様々な放射能を持った物質、そういうものから出ているのが「自然放射線」です。

 こうした自然放射線による被ばく線量は、世界平均で年2.4ミリシーベルトですが、これより数倍以上も高い地域が地球上にはあるのです。この高自然放射線地域には、例えば、ラムサール条約(水鳥の生息する湿地に関する条約)で有名なイランのラムサールがあります。カスピ海の南側にあるラムサール地域には特に放射線が高い地域があって、僕の経験ではそこらが一番高い。僕が持っているサーベイメーターは20マイクロシーベルトパーアワーまで測れるのですが、それが初めて振り切れました。

 もう1つ有名なのはインドのケララ州です。ケララ州はインド亜大陸の西海岸で、かつ南の端に近いところにあるのですが、人口が2000万~3000万人と言われています。その中に人口が40万人くらいのカルナガパリ地区があり、特に海岸線で放射線のレベルが高いのです。年間5ミリシーベルトを超えるような地域に数万人の人が住んでいます。

 そのほかに、中国の広東省の州都・広州市から車で西に3~4時間行くと陽江という地域がありまして、ここも昔から自然放射線が高いことで知られています。


インドの地図


中国、インドから日本への依頼で始まった共同調査


── そうした高自然放射線地域で疫学調査をするようになったきっかけは。

秋葉 中国の陽江で、中国の調査チームが1970年代から疫学調査をしていました。1990年くらいに、当時、京都大学教授の菅原努先生に援助依頼の話が中国側からあって、それ以来、中国との共同の調査が始まりました。

 同じ頃、インドでも自然放射線の高い地域で政府の資金で調査を始めたのですが、どのようにやったらいいか、広島の放射線影響研究所の重松逸造先生とアメリカ人のジャック・シャール先生をインドの先生が訪ねてこられて助言を求められたのです。

 その後、インドから菅原先生に一緒にやってくれないかと依頼がきて、1998年辺りからインドと日本の共同調査が始まりました。

 

── ケララ州カルナガパリ地区は、なぜ自然放射線が高いのでしょうか。

秋葉 特に海岸線に放射線が高い地域があるのですが、これは「モナザイト」という鉱物が混ざった黒い砂が海岸地帯に堆積していて、その中のトリウム、ウランなどから出るガンマ線による放射線があるからです。モナザイトは、おそらく山岳部にあって、川で流されて運ばれてきて海にいったん溜まり、それが浜辺に打ち上げられて溜まったと考えられます。モナザイト自体は褐色のものですが、チタンと一緒になるらしく、黒くなるのです。

 

インド・ケララ州の海岸

インド・ケララ州の海岸(写真提供/秋葉 澄伯 氏)

 

インド・ケララ州の海岸

インド・ケララ州の海岸(写真提供/秋葉 澄伯 氏)

 

年間自然放射線量の高い地域と低い地域の集団を設定して調査

── 17万人規模の調査と聞きましたが。

秋葉 疫学調査ですので、対照的な2つの集団が必要になります。そこで、カルナガパリ地区でも年間線量の高い4支区を高自然放射線地域、年間線量の低い4支区を対照地域と設定して、対象者は全体で40万人住んでいる中で海岸線に近い地域に住む20万人から選んで17万人になりました。

 しかしそこには、子供さんからお年寄りまでいますので、その中から、がんが発生する年齢30~84歳までの人に限定したり、あるいは調査を始めた時点でがんになっている人は対象外になりますので、そういう幾つかの除外条件により除いて、最終的に解析の対象となった人が約7万人弱になりました。そして、住人を個人単位で情報を把握、追跡調査しました。

 

── 調査の概要は。

秋葉 対象者には線量計を2~3か月携帯してもらい個人線量を測定したりしましたが、一生涯浴びた線量を直接測定することはできないので、推定せざるを得ない。そのため、まず、先のカルナガパリ地区の6支区すべての家屋で屋内外の空間線量を測定しました。

 そのときに必要なのが、屋内でどれくらいの時間を過ごしたかなどの情報ですが、インド側による調査ではそれを集めていなかったので、新たに7000人くらい再調査をして、居住係数(1日のうちに屋内外それぞれの場所にどれだけの時間滞在したかの割合を示す係数)の調査を子供から大人まで丸1年やり、その値を使って対象者全員の累積被ばく線量を推定することができました。

 それから、がんのリスクとの関係を調べることになりますが、これには、放射線以外の影響を排除しないと正確な評価ができませんので、喫煙や飲酒、教育、宗教的背景なども含めて詳しく調査したため、7~8年かかりました。

 死亡原因については、例えば、広島・長崎の原爆被ばく者の追跡調査の場合には、まず亡くなられたかどうかを確認して、亡くなられた場合にはどんな病気で亡くなられたかを調べるのです。

 このため、「死亡率」や死亡診断書に書いてある情報を集めて「死因」を調べます。ただ、日本と違って、死亡診断書の死因がどれくらい正確か、という問題があります。日本でも若干不正確な場合もあるのですが、インドでは死亡診断書はあまり当てにならない感じです。広島・長崎の場合は死亡率の調査のほかに、がん登録を地域で設立して、広島では広島市の「がん登録」、それから広島県が「組織登録」を実施しています。組織登録というのは、基本的にがんの診断時には病理の標本をつくりますので、その標本スライドを集める、病理の情報を集めているのが組織登録です。長崎県の場合は、長崎県全体で「地域がん登録」がありますから、それを使っています。がん登録あるいは組織登録のシステムを使ってがん罹患、つまりがんにかかった人たちを把握するのです。

 そういうシステムをインドでは1990年につくっています。それでがん罹患がつかめるようになっていますので、そこの協力を得て、がん罹患率などの調査をしました。

 国際がん研究機関が出している『五大陸のがん』という本があるのですが、その本に世界中のがん登録のデータが出ています。ただし、基準を満たしたものだけです。カルナガパリ地区がん登録のデータも掲載されていますので、国際的な基準を満たした信頼できるがん罹患データと言えます。

 

カルナカパリ地区の海岸付近の住民

カルナカパリ地区の海岸付近の住民(写真提供/秋葉 澄伯 氏)

 

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カルナカパリ地区の海岸付近の住民(写真提供/秋葉 澄伯 氏)




がんが増えているという証拠は全くなかったという事実


── 調査、その結果のデータベース化、そして解析まで入れて約10年にわたったとのことですが、どのようなことが分かったのでしょうか。

秋葉 2つありまして、1つは、年間10ミリシーベルトの被ばくをして50年間生活していると、累積被ばくが500ミリシーベルトになります。普通はそういうレベルの累積線量になることはありませんが、インドのカルナガパリ地区では、年間被ばく線量が最も高い集団は平均14.4ミリグレイ(おおよそミリシーベルトと同値)に達していました。そういう人たちでも発がんのリスクは全く増えていませんでした。

 もう1つは、原爆被ばく者には、そういうレベルの被ばくをされた方がいまして、被ばく線量に比例するようにがんが増えたことが分かっていますので、線量当たり何%がんが増えるか、原爆被ばく者とカルナガパリ地区の方たちで、それぞれ計算して傾向が違うかどうか比較しました。

 

発がんリスクの調査結果

(データ提供/秋葉 澄伯 氏)

被ばくした総線量を横軸として、被ばくした集団の対照とする被ばくしていない集団に対する相対的なリスク(相対リスク)を示している。相対リスクの数値が1を超えるとリスクが高まることになる。

 

 この傾きを比べてみると、両者は有意に違うことが言えます。これは偶然の範囲では説明できないような線量当たりのリスクの違いだということです。ということは、原爆被ばく者のように短期間で被ばくをする場合と違って、インドのように長い期間かかって数百ミリシーベルトの被ばくをする場合は、線量当たりのリスクが低いのではないか、と考えられます。またグラフでは、がんの罹患率は線量とともに下がっているように見えますが、それは統計の誤差の範囲で、直線を引いているため下がっているように見えるだけで、僕たちが重視したいのは、がんが増えているという証拠は全くなかったという事実です。

ところで、グラフに表されているがんは固形がん(胃、肺、大腸、肝臓、乳房、子宮など形のある臓器に塊となって発生するがん)で、白血病を除くがんです。白血病については原爆被ばく者では、もっと高い線量を被ばくした場合のリスクになるのですが、もともと白血病は少ないので、はっきりしたことは分かりませんでした。少なくとも増えているとも減っているともインドのケララ州・カルナガパリ地区では言えません。

 

── この調査結果は今後どのようなことに役立てられるのでしょうか。

秋葉 今まで話してきましたのは、放射線の中でもエックス線やガンマ線の話です。最初にお話したラドンガスから出てくるのはアルファ線ですが、これは特に肺の中に入った場合、肺がんを起こすことが有名ですが、ガンマ線やベータ線と違って透過率が低いので、体の中に入っていかないと細胞にダメージを与えません。アルファ線の場合は、ゆっくり被ばくする慢性の被ばくでも、急性の被ばくと比べてリスクが低くなるという証拠はありません。むしろゆっくり被ばくしたほうがリスクは高くなるのではないか、という可能性もあります。ケララでは、ラドンガスに関しても調査しましたが、ほとんど無視できるレベルと判断されました。したがって、この調査ではアルファ線の影響については何も言えません。ですから、繰り返しになりますが、今日お話しているのは主にガンマ線の話です。

ガンマ線のように透過性の高い放射線の場合には、ゆっくり被ばくすると被ばくした後で修復が起こったりして傷が残らないのではないか、残ってもかなり少ないのではないか、その結果、将来がんになったりするリスクが急性の被ばくに比べてずっと少ないのではないか、ということです。

 

カルナガパリ地区の海岸には多くの人が

カルナガパリ地区の海岸には多くの人が(写真提供/秋葉 澄伯 氏)

 

福島の今後は国連科学委員会の報告書内容に尽きるのだろうと思う


── 福島第一原発事故からもう3年過ぎましたが、秋葉先生は福島の低線量被ばくについてどんな印象をもたれていますか。

秋葉 国連科学委員会(UNSCEAR)の報告書では「福島での被ばくによるがんの増加は予想されない」と書いてありましたね。この表現が妥当かどうかは分かりませんが、少なくとも「増える可能性はゼロではないが、それを明確に増えるとは言えないだろう」「放射線以外に多くの要因があるので、はっきり増えているとか、増えてないと言えるような結果を得ることは予想できない」ということを言ってるのだと思います。

同時に、「最も高い被ばく線量を受けた小児の集団では甲状腺がんの低いリスクがある」というようなことも書いてあります。結論としては、科学委員会の報告書内容に尽きるのだろうと思いますね。

 

(2014年7月1日)

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