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エネルギー購入コストを下げるためにも原発を再稼働すべきだ

2014年1月15日


profile

上念 司 氏(じょうねん つかさ)
経済評論家


1969年 東京都生まれ。中央大学法学部卒業後、日本長期銀行などに勤務後独立。2007年に経済評論家・勝間和代氏と株式会社「監査と分析」を設立。代表取締役を務めている。大学時代は弁論部の辞達学会に所属していた。『悪中論―中国がいなくても、世界経済はまわる』『「アベノミクス亡国論」のウソ』『異次元緩和の先にあるとてつもない日本』など著書多数。


── 日本の貿易赤字は3年連続は間違いなく、さらに原子力発電の停止による2013年の燃料費は約3.6兆円増とのことです。今後懸念される経済への影響は。


上念 まず、輸出が「善」で輸入が「悪」ということはありません。ですから、貿易赤字そのものが、すぐに悪というわけではないのですが、何年も続くとなると問題となります。


何のために私たちは輸出をするのか。「輸入するために輸出する」のです。要は、輸出した財を一時的に貨幣に換え、その貨幣によって日本にはない財を輸入しているのです。


問題は、原子力発電所(以下原発)が停まっているため、LNG(液化天然ガス)や石油などの化石燃料を買うために輸出しているような状況になってしまっていることです。化石燃料はもともと日本ではほとんど採れないので、海外から買わなければなりませんが、原発を停めているせいで、日本は今まで以上に海外に依存しなければならなくなっている、つまり自分で自分のことを追い込んでいる状態だと思います。油代(燃料費)ばかり払って日本経済が耐えられるかというと、それは難しいのです。


燃料をそんなに大量に買わなければ、私たちがもっと豊かな消費生活を送るためのものを他に買えるわけです。エネルギーはすべての基礎ですから、絶対必要なものですが、輸出のかなりの部分を燃料との交換だけに使ってしまう現状が本当にいいことなのか、考えなければいけないところにきています。

 

LNGを使わなくても何とかなるという選択肢を持っていなければいけない


── 国富の流出といえる状態だと思いますが、なかなかその深刻さが浸透していないようです。


上念 そうですね。エネルギーがないと輸出そのものもできなくなってしまうので、仕方なくエネルギーを買うという感じになっていますが、あまりいい循環ではないです。


そして、もう一つ大事なこととして、「マーケット・メカニズム」を理解する必要があります。LNGをみんなで買いに行ったら、LNGの価格は非常に高騰しますね。日本が脱原発をし、さらに世界が脱原発したら、LNGの競争力があがり、値段がどんどん上がってしまうわけです。そのようなエネルギー資源全体の需給バランスも想定しなければならないのですが、原発を止めれば何とかなるという、かなり乱暴な議論がなされていることが問題だと私は考えています。


また、LNGは長期の契約でないと基本的には買えません。それも現状では輸入先を中東やオーストラリアなどに依存している状態です。今後、シェールガスはアメリカなどからも入って来ますが、LNGの輸入先も、ロシアやアメリカなど多方面にして、中東などでの入札で「そんなに高いなら、違う国から買いますよ」と交渉できるようにしておかなければなりません。


つまり、LNGの安定供給を考えるのであれば、LNGを使わなくても何とかなる選択肢も持っていなければならないのです。売る側にとっては「値段を下げるのがいやなら買わないよ」と言われるのが一番困るのです。そうできる交渉力を持つためにも、日本はやはりLNG以外のエネルギー源である原子力を維持していくべきだと思います。ですから、原発の再稼働が重要です。


貿易赤字単体でみると国富の流出という言い方も確かにできるのですが、要は、本当だったら燃料以外のものをもっと買えるのに、燃料代にコストがたくさんかかってしまって、日本が良いものを買えないという現実があります。中間材料でももっと良いものを輸入すれば、もっと良いものづくりができるのに、妥協せざるを得なくなってしまう。「原発を動かせば燃料代はそんなにかからない。無駄な輸入をやめられるのにどうしてやめないんですか」という話です。


マーケット・メカニズムから考えると、日本の貿易は、大変いびつな状態になっています。日本人が自ら課した脱原発という足かせが、その状態を作り出しているので、やはり再考を要すると思いますね。

 


── 自然エネルギーなどの再生可能エネルギーが原子力の代わりになりうるという主張もありますが。


上念 そのような主張は良く耳にしますが、先行事例のスペインとドイツが失敗したということが、あまり知られていないのが原因だと思います。特にスペインは成功していると思っている方の方が多いのではないでしょうか。


ドイツの場合は、自分の国から原発を撤退させても、「送電線がつながっているから原発大国フランスから輸入したり、チェコに金を出して原発をつくればいい」というような発想ですね。ヨーロッパは陸続きで他国と送電線でつながっているため電力の融通ができますが、島国の日本と単純に比較するのは間違っているでしょう。


自然エネルギーだけで賄えればいいのですが、どうしても自然まかせですから発電量にはバラツキがあります。大量に発電しているときはいいですが、発電しなくなったときのために、バックアップの電源を確保しておかなければなりません。


自然エネルギーのバックアップのために、スペインは大量の火力発電所をつくったのですが、あくまでもバックアップのための設備なので、火力発電所の稼働率も風力発電所の稼働率も非常に低いのが現実です。そのため、過剰設備の問題を抱えてしまったのです。それが社会にとって本当に良いことだったのでしょうか。

 


ものづくりを支えているのは安定した電力だ


── 「ものづくりの国」日本の産業界にとっても本当に打撃ですね。


上念 そうですね。燃料供給が安定しないことと電力コストが上がってしまうことは、日本の産業界に大きなマイナスです。


日本のものづくりの精度は世界でも屈指です。そのものづくりを支えているのは、安定した電力です。電圧が安定していて変わらないからこそ機械の制御なども完ぺきにできるのです。


以前、中部電力の変電所なども見学に行きましたが、とにかくノイズを絶対入れないということで、かなり神経を使っていました。不安定な電圧の電気を供給すれば、すぐにメーカーからクレームがきます。


ものづくりをきっちりやって、価値の高いもの、他の国でつくれないものをつくるのが日本の一番良いところだと思います。それを支えているのはやはりエネルギーです。そのエネルギーが安定しないのは本当に困ることなのです。

 


── 産業や経済を支えていくためには、安価で安定した電力供給が欠かせないのですね。


上念 一般的に、GDPが伸び経済の規模が大きくなっていくと、エネルギー消費量はそれに合わせて増えていきます。エネルギー消費がここまで増えてしまったのは、日本がここまで発展して豊かになったからです。より豊かな生活を目指すには、省エネも大事ですが、やはりエネルギーの安定確保が重要になってきます。


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一人あたりのGDPと一次エネルギー消費量
(出典:原子力・エネルギー図面集2013)


しかし、今後、化石燃料を燃やすという発電方法でエネルギー確保をやり続けていいのかどうかが問題です。現在、燃料を燃やすリスクをあまりにも考えない状況になっています。原子力に比べて火力は安全だという考え方があるかもしれませんが、二酸化炭素が大量に放出されれば環境にはいい影響を与えません。


実際にアメリカで反原発運動をやっていた映画監督が最近あまりにも温暖化に対する配慮がないということで、原子力の危険性についてもう一度考え、「言われているほど危険がないじゃないか」と考え直し、今までのスタンスとは逆のドキュメンタリー(注1)を作られています。


2014年春には公開される予定ですので、ぜひ観ようと思っています。

(注1)ロバート・ストーン監督 「パンドラの約束」


あるリスクを過剰に避けることによって別のリスクを喚起している


── 日本人にとって「リスク」は、なかなか理解されづらいように思いますが。

上念 ええ。でも、何でも怖い怖いと言って逃げるのではなくて、「リスクとは何なのか」にみんな気づき始めたのではないかと思います。飛行機も車も危険なのです。車も運転免許を取りに行くと、「車は便利であると同時に、操作を間違えると凶器にもなって人の命を奪います」という安全教習のビデオを見せられますよね。水も飲み過ぎれば死んでしまうのです。何でも身の回りにあるものは使い過ぎたり、使い方を間違うと危ないのです。


原子力も全く同じで、使い方を間違えると危ないのです。ですから、いかに危険のないように使っていくかが重要です。


私たちが豊かになるためには、エネルギーはどうしても必要です。そのエネルギーを確保するのと引き替えに二酸化炭素を出し続ける生活をするのか、二酸化炭素を抑制するため、原子力の危険性を抑制しながらうまく使っていくのか。


あまり原理主義的な原発悪玉論に陥ると、二酸化炭素の排出はフリーになって、それはそれでまた次のリスクを抱え込むことになります。


気候変動は一度起きてしまうと、復元が非常に難しいと言われていますので、「本当にいいんですか」と言いたいですね。


アメリカの9.11のときに飛行機は危ないというので、みんな飛行機に乗らなくなり車で移動し始めたら、交通事故で多くの人が死ぬことになった。それがテロで死んだ人より数が多かった、という話もあるくらいです。


ある一つのリスクを過剰に避けることによって、むしろ別のリスクを喚起している、という問題になってしまうのです。結局、議論は全部ここに集約されると思います。

 

── 福島第一原発事故を教訓にこれからどうしていくべきでしょうか。


上念 福島第一があれだけ重篤な被害を受けたことで、原発は今まで以上の対策をやっていますから、同じ規模の地震が起きても同じ現象が起きることは考えられません。私は浜岡や柏崎、大飯、玄海などの原発を取材してきましたが、各発電所では大規模な対策をしています。これまで対策の必要性を考えさせなかった「安全神話」が問題だったのではないかと思います。


シカゴ大学の学者フランク・ナイトが「リスクと不確実性」という話をしていますが、「リスク」はある程度確率分布が予想できるものです。それに対し、東日本大震災のような天災は確率分布が予想できない「不確実性」をともなうものです。


そういう意味でいうと、今回一度津波にあったので、その経験から何が起こるか、津波の確率分布は予想できるようになりました。


ですから、3.11クラスの地震は「不確実性」から「リスク」へと変わったと言えるでしょう。そこから想像できる、その先のところ、例えば、休火山が噴火したらどうするのか、竜巻がきたらどうするのかという地震以外の問題についても、不確実性からリスクとしてとらえるように組み入れられているところです。


ただ、考えてもいなかったようなことが起こるのが不確実性なので、それでもそれに対する対策ができているかどうか。「確率分布が予想できるリスクはいいけど、リスクを超える事態が起きた時に大丈夫なの?」というように終わりがないのです。“安全に終わりなし”なので、極端に言えば、気が変になるぐらい毎日毎日自問自答していかなければなりません。


それも仲間内でいつも議論しているだけではなく、違う発電所の人たちと意見交換してリスク体制について確認するなどすれば、もともと日本はものづくりの国ですから、本当に安全な原発がつくれるのではないでしょうか。


どんなに努力しても不確実性はゼロにはなりません。確率は恐ろしく低いですが、起こったら大変な事象がある日突然起こります。チェック&レビューをずっとやり続けなければなりません。安全のプロフェッショナルのレベルは、そこまでやり切ってこそです。


その覚悟でやって初めて、原子力に対する国民の信頼に結びつくのではないでしょうか。

 

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