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── 一般的に、がんはどのようなことから引き起こされるのでしょうか。



山口 遺伝子の突然変異あるいは遺伝子の変化が、がんの原因です。単一の遺伝子異常というよりは、同じ細胞の複数の遺伝子変化が原因になります。極めて複合的な要因です。複合汚染みたいなものですね。
遺伝子に変化を起こさせる物質はたくさん世の中に存在していて、我々はそれを日々いろいろな形で取り込んでいます。食物の中にも若干の発がん物質が入っているし、たばこやお酒は非常にはっきりした発がん物質です。日光や紫外線、宇宙や地面からの放射線も同様です。
それらは遺伝子をけっこう傷つけていますが、それを修復する仕組みが体の一つひとつの細胞には備わっているのです。しかし、人間の体は、約60兆個の細胞から成り立っていて、傷ついた細胞を修復していますが、すべてをきれいに治しているわけではない。時々漏れが起きる。それが1個1個たまっていって、一つの細胞だけで傷が10個くらいになったときに細胞ががん化します。1個は食事の中の成分で起きて、2個目はたばこで、3個目は例えば放射線で、4個目は紫外線で、というように、一つの細胞に10個くらいの変化が起きたときに、がんが起きてくる。
治しきれない傷が徐々にたまっていくと、年を取ったときに10個に達するのがたくさん出て来るため、お年寄りはがんになりやすいのです。ただし、遺伝性がんのように、最初から1個の変化が家系で遺伝している人たちもいて、この人たちは若いうちから特殊ながんにかかってしまいます。



福島第一原子力発電所事故の課題は、がん対策


── 放射線とがんの関係について教えて下さい。

山口 放射線による健康被害は、一度に全身が大量被ばくした場合の急性障害と、そこで命には別状がなかった場合、何十年かたった後に起きる晩発性障害があります。低線量被ばくの場合は、急性障害は出ず、晩発性障害だけが問題になります。急性に大量被ばくしても、低線量被ばくでも、晩発性障害の大部分はがんだけが問題になります。福島第一原子力発所事故で、発電所内で放射線を大量に受けた人も、周辺の住民で低線量を受けた人たちも、これからは、がん対策が中心課題になります。
なぜ、がんだけかというと、その理由は非常に簡単で、放射線はいろいろな発がん物質の一つとして1個の細胞に変化を引き起こすのですが、その1個の変化が人体の健康に悪影響を及ぼすためには、その変化が増幅されなければなりません。1個の細胞だけに変化が止まる場合には人体への影響は出現しません。この条件に当てはまる変化は、自己増殖するがんだけなのです。
細胞に放射線があたって、2万個以上ある遺伝子のうち、がんに関係する数百個の遺伝子のうちの一つに変化を与えたとします。しかし、これだけでは細胞はがんにはなりません。同じ細胞で、10個以上のがんに関わる遺伝子に変化が起きる必要があります。ただし、まれには、特殊な遺伝子における1個の変化だけでがん化してしまうこともあります。一度被ばくしたとしても、将来に向けて、がんを予防することは可能で、その基本方針は、これ以上遺伝子の傷を増やさないことに尽きます。

── 医療での検診や診断、治療で放射線は使われていますね。

山口 生活の中で自然環境から受ける被ばくや原子力発電所事故で受ける被ばくと、医療被ばくは分けて考えています。
医療被ばくには、制限が一切ないのです。「医療被ばくはいくつまでにとどめなさい」という指針もガイドラインも全くない。
その理由は、放射線の低線量被ばくを受けた後で起きるデメリットよりも、がんを見つけること、あるいはがんを治療することで受けるメリットのほうがはるかに大きいからです。ですから、現実には医療での大量被ばくはあり得るのですが、それ以上のメリットがあるので、容認されているのです。



100ミリシーベルト以下はわからない、データがない


── 福島第一原子力発電所事故で、健康に影響を与える被ばく線量値の考え方が問題になっていますが。

山口 そうですね。混乱の元になったのは、年間の被ばく線量が100ミリシーベルトの上か下か、という話だと思いますが、私のスタンスは、「100以下は安全だというのは誤りで、100以下はわからない、データがない」と言うのが正しいと思っています。
現在の考え方では、100ミリシーベルト以下の低線量被ばくもがん化率は少し高まるであろう、とされています。それを裏付けるデータも徐々に出始めているので、100に近い部分、例えば、20ミリシーベルト以上というのはやはり危険だと仮定して考えた方がよい。
特に子供さんは、気をつけるに越したことはない。広島・長崎の被爆者のデータからも大人よりも子供のほうが3、4倍感受性が高いことがわかっています。
ですから、今回のような低線量被ばくの場合、子供、それも1歳前後の乳児については慎重にならなければいけないだろうと思います。この年齢では、私は大人との差は10倍くらいは見ておいたほうがいいと思っています。したがって、大人では10ミリシーベルト以下でもわからないので、子供にしてみると、やはり現在の日常での年間被ばく上限である1以下を目標にしておいたほうが安心です。
今回被ばくされた方には生涯にわたって、がんの予防に注意を払い、さらに、普通の検診よりも精度が高く、かつ子供の場合は甲状腺のような特殊な臓器を含めた特別な検診システムを、寿命までの間しっかり続けられるような、長期の仕組みをつくることが重要だと思います。

── やはり、がんが心配されるのですね。

山口 放射線によってがんにかかるリスクは、広島・長崎のデータから推定されています。そうすると、非常に古い数十年前のデータで、かつ瞬間的な大量被ばくと、生活習慣上の少量の被ばくを極めて長期間にわたって受けたリスクと比べることは、正確性に欠けるかもしれませんが、例えば今、大変議論になっている100から200ミリシーベルトを長期間かけて受けても、がんにかかりやすさのリスクは1.08倍程度しか増加しません。これは、せいぜい野菜不足と同程度で、塩分の取りすぎのほうがリスクはもっと高い。運動不足、肥満、それからお酒を2合以上毎日飲む場合のリスクは1.4程度で、飲酒3合以上や喫煙はもっと高くなります。
喫煙よりも高いリスクは、放射線被ばくが1000から2000ミリシーベルトで、ほぼ致死量かもしれない放射線を受けた後、生き延びた場合の発がんリスクくらいなんですね。(表1参照)
ですから、低線量被ばく100ミリシーベルト前後というのは、がんにかかりやすくなるとはいえ、実際にがんが起きる方はそれ程多くないと考えられます。



がん対策をすれば健康被害を打ち消すことができる


── 先生は、がん対策をしっかりすれば、がんにかかることは減らせるとご発言されていますね。

山口 福島第一原子力発電所の周りで避難している方々を10万人程度と想定して数字を出してみました。放射線被ばくがなかったとして、この方々の一生を推定すると、日本人の3割はがんで死亡していますので、3万人ががんにかかって亡くなります。残りの7万人は心臓病ほか、がん以外の病気で命を落とします。
一方、10万人の方々が、本来、1年間で1ミリシーベルトの被ばくが限界とされているときに、今回の事故によって、合計で20ミリシーベルトを余分に受けたとすると、その3万人に計算上100人が加わることになります。つまり、20ミリシーベルトを10万人の集団が受けた場合には、その事故のために100人だけがん死亡が増える計算になります。
ただし、この10万人に、がん対策として、「予防」「検診」「受診」と「最適な治療」をきちんと受けていただけば、その3万100人を1万人にまで減らすことができるはずです。
今、福島を中心に放射線を受けて、非常に不安に思っておられるような方へのアドバイスは、「受けてしまったことによって想定される問題の大部分はがんなので、がんを防ぐことを一生にわたって心がけましょう。がんにかかるリスクは、それほど高くはないので、がん対策をしっかりやることで健康被害はほぼ打ち消すことができる」ということです。
それには「予防」「検診」「受診」「最善の医療」を受けるという4本柱が有効です。それを実践することで、3万100人がなるかもしれない命にかかわるがんは、1万人まで減らすことができる。それが4本柱の効果です。特に検診が重要です。これが今回の事故で、私ががんの専門家として主張してきたことです。

── 日常生活でがんを予防していくためには、具体的にどのようなことをしていけばよいでしょうか。

山口 国立がん研究センターを中心に「がん予防12か条」(表2参照)というのを出しています。生活習慣の改善です。やはり、まずこれが大事ではないかと思います。  12か条を簡単にまとめると、たばこは吸わない。それから食事は塩分と脂肪分を取り過ぎないような日本食。これを腹八分目。お酒は控えめ。控えめというのは、毎日飲む方であれば、日本酒だと0.5合から1合、ウィスキーであればダブル1杯、ワインは普通の大きさのワイングラス2杯。それから野菜、くだものは多め。多めの基準は、最低小さな握りこぶし5つ分。

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表2


── 結構な量ですね。

山口 そうでもないですよ。3食で盛り合わせにお吸い物の中の野菜、ミカン1個、リンゴ1個、それで大体取れると思います。ですが、コンビニ弁当では、ちょっとだめですね。
それから清潔な生活。ある程度の運動。1日1万歩、歩くような感じですね。別に激しい運動でなくてかまわない。
がんを防ぐ生活習慣というと、だいたい以上の言葉ですべて網羅されます。
それから最近、がんに関してはいくつかのワクチンが出ています。子供には子宮頚がんのワクチン、もし肝炎ウイルスの慢性罹患者であれば、インターフェロン治療のようなもの、それから胃がんの原因のヘリコバクターピロリ菌に関しては抗生物質と胃酸分泌抑制剤による除菌など、がんの分野で予防医学的にやるというと、この3つになるんですね。
生活習慣と医療的な行為でがんを予防する。そして、検診をしっかり受け、あとは体の症状に気を配って、気になる症状があったら、病院に行く。それを寿命までしっかり続けていただく。



低線量被ばくで100ミリシーベルトまではほとんど到達しない


── 一部の方が、内部被ばくを心配していますが。

山口 事故直後に原子力発電所の作業にあたっていた方の状況をみると、内部被ばくの最たるものは発電所内などの高線量域での呼吸によるものです。低線量被ばくの地域では空気、食物、水などのデータから考えると、乳幼児や小児におけるヨウ素131の甲状腺内の内部被ばくを除けば、それほど心配する必要はないと考えています。

── 専門家によって違うことを言うので、何を信じたらいいのかわからないと心配を募らせている方も多いようですが……。

山口 100ミリシーベルト以下の安全性の説明が人によって違いますからね。でも、これは当たり前で、科学的データがないから、学者がそれぞれの解釈で説明している部分があるんです。
今日は、現在主流の仮説に基づいてお話ししてきましたが、そもそも20だと一体どうなるのか誰もデータを持ってないことは事実です。今回の事故で、一般人であれば、外部被ばく、内部被ばくを合わせても低線量被ばくで100まで到達することはほとんどない。となると、低線量被ばくとしてまとめて考えて、がん対策をやる。それに尽きるような気がします。
内部被ばくは実際に測るしかないんですが、「測った結果、子供の甲状腺から放射能が出た。しかし、許容範囲内だ」というニュースがありました。これを「大丈夫だ」と言い切るのではなくて、甲状腺がんはやはりちょっとは増えるはずと想定しておくべきです。遺伝子に1個、2個は傷をつけている可能性が一部の細胞にあるので、今後、放射線以外で生じる傷が増えていくと、甲状腺がんの発病の可能性は少し増すでしょう。

── 被ばくされても、これからのがん対策で防いでいける、ということですね。

山口 被ばくされた地域の教育委員会の方からも「何とかいい方法がないでしょうか」と連絡がきたりしたんですよ。そのときこう申し上げました、「ただ、怖い怖いと言っているだけでは済まない。放射線を受けたことは事実で、今から、それをゼロにすることはできないが、がん対策をきちんとやれば、かえってがんは減らせますよ。怖いのはがんだけで、それを減らせるんだから、そんなに怖がることはないですよ」。



(2011年9月26日)

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