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── 福島県立医大では福島第一原子力発電所事故後の2011年6月末から「県民健康管理調査」を実施しているということですが。

松井 ええ、今、県民健康管理調査は、福島第一原子力発電所事故に対する県立医大の大きな取り組みのひとつです。
私が所属する放射線医学県民健康管理センターは「県民健康管理調査」を県から受託し、行っています。
このセンターのスローガンは、「あなたの健康を見守ります」です。原発事故あるいは、地震や津波による被害などで避難を余儀なくされたり、現在も継続している避難生活によって体調や心の健康を害する県民の方がいないか見守り、「もし何かあれば医大がきちんと対応しますよ」ということで活動を始めました。
また、日本では、高線量の一瞬の被ばくは原爆で経験をしていますが、低線量の慢性被ばくは、福島が初めての経験です。低線量の慢性被ばくの下で健康影響はあるのかないのかをきちんと調べて、県民の皆さんの健康管理にフィードバックしていく必要があるため、この事業は事故以来2年間進めてきており、今後も長期にわたって実施していく計画です。


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放射線医学県民健康管理センター入り口




「県民健康管理調査」は基本調査など5項目から成っている


── 具体的な内容を教えて下さい。

松井 「県民健康管理調査」は5つの調査や検査から成っています。
まず「基本調査」があります。被ばくによる健康影響は、被ばくした線量により違います。福島県内で最も空間線量が高かった原発事故当日の3月11日から7月11日の4か月間に皆さんがどれだけの外部被ばくをしたのか、を推計する調査です。
対象は事故当時、福島県内に居住されていたすべての方です。約205万人の皆さんに詳細な行動記録を書いていただき、その行動記録に時々刻々変わっていった空間線量値を重ね合わせ積算して、県民の方に外部被ばく線量をお知らせしています。
現在までの問診票による回答率は23.4%です。よくメディアから、3割にも達していないと言われますが、実数でいうと47万人で、非常に多くの方の解析は済んでいる状況です。
その結果、47万人の方の99.8%の方の外部被ばく量が5ミリシーベルト以下で、非常に心配しなければならないような数値ではないのでは、と考えていますが、将来のことも考えて、まずは確実に線量を把握しておいてもらうために行われています。
以上が基本調査という1本の柱で、もう1本の柱が詳細調査です。詳細調査は、4つの調査から成り立っています。「甲状腺検査」、それから「健康診査」、「こころの健康度・生活習慣に関する調査」、そして「妊産婦に関する調査」です。
「甲状腺検査」では、今回の原発事故による放射線の影響で、子どもの甲状腺に何らかの異常が出ないかを見守るために、事故当時0~18歳だった子ども約36万人を対象にエコー検査を実施しています。
チェルノブイリ事故では事故後4~5年後から、小さな子どもに甲状腺がんが急増してきたことがわかっています。
現時点で3人のお子さんに甲状腺がんが見つかり、7人の方に強い疑いがあることを発表しています。これが事故による放射線の影響なのかどうかは、先ほどの基本調査でわかっている線量や、平均腫瘍径、平均年齢などから考えて、「今回の原発事故の影響による可能性は非常に低いのではないか」と県立医大としての見解を発表しています。
ただ、将来にわたってずっと見守り続けていくということで、対象になった36万人の方が20歳になるまでは2年おきに、20歳になられてからは5年おきに検査を繰り返していく体制を整えています。
この検査の中で見つかる甲状腺がんなどの所見については、その原因が何かは最終的にもう少し先にならないとわからない部分があるのとことですが、「何が原因であっても、見つけた悪性の所見についてはすべて最高の医療を提供し、治療していく」という体制で検査を進めています。



── 将来にわたって健康を見守るということは、重要な取り組みですね。

松井 はい。次の「健康診査」は放射線による健康影響の調査ではありません。放射線や避難によって生活環境が変わったことで体調不良や心を病むようなことがないよう見守ってくことを目的に、健康診査に放射線影響が考えられる項目を上乗せして検査をおこなっています。その結果は市町村にお返しし、県民の皆さんの健康見守りに役立てていただきます。この診査の対象は、当時の避難区域に指定された21万人の方たちです。
また、同じ方たちを対象として実施される「こころの健康度・生活習慣に関する調査」は、問診票を送り、回答をいただいた方たちの内容を指数化し、こちらでハイリスクの方たちをある程度判定して、必要な方にケアしていく、というものです。それぞれの方が必要とされるケアの内容に応じて、臨床心理士等による電話での支援や、自治体からの訪問、最寄りの医師によるサポートのご提案など、体制を整えています。
「妊産婦に関する調査」は原発事故当時あるいはその後母子手帳を手にされた皆様を対象としていますが、これも問診票形式で答えていただいた問診票の内容から必要と考えられるケアを提供していく仕組みです。平成25年度は約1万4000人の方々が対象となる見込みです。
これらの検査で一番大切なことは、将来にわたって継続して実施する、ということです。現状も重要ですが、将来にわたり県民の方の健康を見守り続けるために大がかりな組織を作り、体制を整えたことが、この事業の一番大きな特徴だと思います。



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提供:松井 史郎氏



県外に出た避難者も避難先の医療機関で検査ができる


── 県外に避難された方々には、どのような対応をされているのでしょうか。

松井 県外に避難されている方々については、健康診査と甲状腺検査は県外で受信できる医療機関を整えているところです。甲状腺検査については47都道府県どこでも一次検査を受診できる医療機関が一つ以上決まりました。今は福島に戻ってこられなくても検査ができるようになったのです。
避難された方々の居場所が把握さえできれば、どこにおられても、検査のご案内はできる体制になっています。
18歳前後のときに震災に遭った方は今20歳前後です。学生として既に県外に出ている方もいますし、今後県外に出る方が増えると思います。そういう方たちには、検査の仕組みや設計をきちんと理解していただいて、出先の自治体での受診や帰省した際の福島での受診など、「いろいろな選択肢がある」ということを、一生懸命アナウンスをしていくことが今後の私たちの課題です。



── 置かれている状況も様々ですから、その方たちに合わせた広報が必要ですね。

松井 そうですね。たとえば基本調査の結果、原発事故後の4か月間の外部被ばく線量の推計値が「1ミリシーベルト」という通知を受けても、「ああ、そんなものか」という方がいます。しかし、同じ通知を受けた方でもとても心配になり、「これは大変だ。やはり避難しなければならない」と思う方もいらっしゃいます。
調査をしている専門家は、科学者として過去の知見や研究の経験から「それは今までの知見から考えて、健康影響を及ぼすものではないと考えられます」と説明されています。しかし、私の「広報」という役割は、科学とは少し別の視点に立った、その人一人ひとりの価値観に対応しなければならない性格をもっています。
調査・検査やその結果などに関する問い合わせは非常に多いのですが、それに対して個別に回答していかなければなりません。十把一絡げに「大丈夫ですよ」とは言えない難しさがここの広報にはあると思います。



多い週はコールセンターに約1300件の電話が


── お問い合わせはどのぐらい来るのですか。

松井 実際にこちらに相談者が来られることはありませんが、コールセンターには、多い週だと1300~1400件程度のお電話をいただきます。
大半は検査の日程変更依頼のお電話です。ただ、中には私たちの取り組みに対するご批判やお叱り、辛辣なものや不安が高じて取り乱したお電話などもあります。コールセンターで働く人も同じく被災された方がほとんどなので、辛い思いをすることもあります。



── こころの健康度の調査に関しては、電話による支援もされているのですか。

松井 ええ。ケアが必要ではないか、と考えられるケースでは、臨床心理士などが、電話でどういう状況かお話を聞いたりします。電話一本で支援か、と思われるかもしれませんが、「全部吐き出せてホッとした」「もし何かというときにはここに電話をすればいいのね」と言ってくださる方もいます。1本の電話が非常に大きな効果をもっていることもあるのですね。電話を通した個人へのコミュニケーションによって、かなりの率で安心していただけることが効果として出ていると思います。
心の問題なので、一度落ち着いても、またぶり返すことがあるかもしれません。チェルノブイリの原発事故でも、その後の心のケアは大変重要な課題となったと聞いています。ですから、こころの健康度の調査はずっと必要ではないでしょうか。対応できる体制を充実させ、フォローできるネットワークをもっと盤石なものにしていかなければならないと思います。



福島のために甲状腺検査を受けたお子さんたちにお礼を言いたい


── 先般、環境省による他県での子供の甲状腺検査結果が公表され、福島県での検査結果が突出した数字ではなかったとされました。

松井 はい。医師の方々は、食生活など生活環境を勘案しなければ単純な比較はできないとしているものの、小さなのう胞が、子どもたちには普通に見られるものだと言える、と捉えています。
広報としては福島のために他県の人たちに『甲状腺検査をしてください』とは県として言えない」と考えていました。そんな中、国が実施し、福島のために4500人近い子どもさんたちに受診いただいたことが、ものすごくありがたいです。福島との比較のために検査を受けていただいたわけで、ご家族の皆さんにもお子さんにも「ありがとうございます」としか言えないですね。


── 事故から、2年経ちましたが。

松井 福島では、まだ何も終わっていません。東京に行くたびに「ああ、もうみんな忘れているんだな」と思いますが、ここでは何も終わってないです。まだまだ現在進行形で、例えば福島でテレビを観ていれば、ローカルニュースのときに必ず空間放射線量の情報が出ます。もう慣れてしまいましたが、やはり普通ではないことですね。まだ福島は何にも終わってない。まだまだ2年だ、と思います。



私たちからの情報を丁寧に出せる場をつくっていく


── 今後はどのように活動を展開されていきますか。

松井 県民健康管理調査事業を継続していくことはもちろんですが、広報の役割として一番は、個別のコミュニケーションの体制をどうつくるか、ということだと思います。集団に対するコミュニケーションでは、メディアを使うこともできるし、シンポジウムやセミナー、住民説明会など、多くの方たちに一気に情報を流していくことができますが、やはり今後は個々のコミュニケーションが重要です。個々に対応できるコミュニケーションの体制を作るには、「メディエーター」、つまり私たちの思いや考えを間で仲介してくれる方たちの育成が必要だと思います。私たちがメディエーターに想定しているのは、学校の先生や地元の保健師の方たちです。
彼らは、地元の人たちが健康不安を感じたとき最初に頼りにする人、最初に信頼する人です。身近な市町村の保健関係職員の人たちに、私たちから情報を丁寧に出せる場をつくっていこう、と考えています。
私たちだけの人数では限界がありますから、私たちの意を汲んで住民に寄り添ってくれる人をつくっていく、仲間を増やしていくことが今やらなければいけない一番大きな仕事だと思います。
一方で、集団に対するコミュニケーションも引き続きやっていきます。昨年度は甲状腺の検査についての住民説明会を8回実施しましたが、覚悟していた以上に苦労しました。
しかし、アンケートの結果を見たら、ジーッと聞いているお母さんたちが「来てよかった。安心しました」と書いてくれたのです。「ああ、よかった」と涙が出そうになりました。
これらの活動で、きちんと効果や手応えを感じているので、今、計画しているのは、学校単位で先生や保護者の方たちに集まっていただいて、そこで丁寧にお話をするやり方です。希望を募ってやっていこう、と。そうすると、もう少し落ち着いてコミュニケーションができるかなと思っています。



(2013年4月5日)

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