ほうしゃせん古今東西

「矢切りの渡し」と放射線


2015年5月29日


日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)の研究員・森内茂、長岡鋭さんたちは、私た ちがよく利用する生活環境のガンマ線(大地や建物からの放射線)を多数測定して考察した ことがありました。

これら生活環境の放射線レベルは、種々の理由でかなり高低差が見られます。

レベルの高かった例としては、東京の池袋地下街の毎時0.078マイクロシーベルト、八重洲 地下街の毎時0.076マイクロシーベルト、Tデパート内の毎時0.072マイクロシーベルトが ありました。

そして低い例としては、郊外走行中電車内の毎時0.006マイクロシーベルト、鉄橋を渡ると きの毎時0.0045マイクロシーベルト。そして最も注目されたのは、江戸川の「矢切りの渡し」 の船における毎時0.0022マイクロシーベルトでした。

地下街で高いのは、上下、周りがコンクリートで囲まれているからです。コンクリートには 大地よりウラン、トリウムなどの自然放射性物質を多く含むからです。電車は金属でできて いるので、外部からのガンマ線をさえぎる力が大きいのです。鉄橋の上や渡し船の上では大 地からのガンマ線を大量の水がさえぎっているからです。

宇宙開発や原子力の現代の世に、渡し船があるのは大変興味深いことですが、江戸川をはさ んで千葉県松戸市矢切と東京都葛飾区柴又を結ぶ渡し船があり、「矢切りの渡し」と呼ばれ て、細川たかしの歌で知った人も多いはずです。

この渡し船は、江戸時代に農民がこの川を行き来するのに使われていたそうで、現代にも 残っていて、寅さん映画で知られる柴又帝釈天への参拝に行く観光用に使用されて人気が あります。

矢切という場所は、歌人・伊藤左千夫の小説『野菊の墓』という悲恋物語の舞台となった土地 なので、渡し船における放射線の測定を理由に、矢切を訪れるのも楽しい散歩コースと思わ れます。

このページをシェアする

ページTOPへ