ほうしゃせん古今東西

映画に出てくるジョリオ・キュリー 人工放射能を発見


「パリは燃えているか」という題名の米仏合作映画を見た人は多いと思われます。1966年につくられた映画で、第二次世界大戦の末期におけるドイツ軍占領下のパリを舞台にしたパリ市民のレジスタンスの活躍を描写したフィルムです。 ひそかに集合したパリ市民のグループが一人ひとり銃を受け取るシーンがあります。各人が自分の名前を告げて確認してもらって銃を取っていきました。そのとき一人の若者が、「ジョリオ・キュリー」と叫びました。もちろん役者さんが演じているのです。ジョリオ・キュリーは、パリ奪回のためレジスタンス組織に参加して戦っていたと思われます。彼はもともとは、ジョン・フレデリック・ジョリオという名前でしたが、キュリー夫人の娘イレーヌと結婚して、ジョリオ・キュリーと名乗っていたのです。

 ジョリオとイレーヌの夫妻は、原子核にアルファ線をあてて原子核の人工転換の研究をしていました。そして、自然にはなかった人工放射性核種をつくり出すことに成功したのです。 ジョリオとイレーヌの二人は、この研究によってノーベル化学賞を受けました。人工放射能の発見は1934年、ノーベル賞受賞は1935年でした。

 日本人女性として長らくパリに住み、ジョリオ・キュリーと共同研究をしていたこともある湯浅年子さんは、彼女の研究生活のほとんどの期間をキュリー夫人のつくった研究所で過ごした、優れた物理学者でした。戦後の一時期、日本に帰国して母校のお茶の水女子大学で教鞭をとっていらっしゃったこともありました。

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